情景ミュージック
佐藤「いやー、3月だねぇ」
サトー「ええ。今年は1月はなんだか長いなぁって気がしてたんだけど、2月はあっという間だった気がする。そんでもう3月か、寒いけど花粉はばっちり飛散しだしたし、なんか確実に移ろっている気はするね」
佐「去年はさ、1月の終わりごろにMT車に乗り替えてさ、この時期はずっと運転の練習してたよね、アルバムの曲作りを脇に置いて」
サ「そうそう、そんで3月にその総仕上げとして京都に行ったんだ、あれもう1年前か。あの京都旅行、初めてお仕着せの京都観光って感じじゃなくて、自覚的に行きたいところに行けたよね、すごく良かった」
佐「今まで京都には何回も行ってるけど、ようやく京都の魅力に気づけたというか。また行きたいなぁ、3月は桜の季節の直前だからか結構空いてるしね」
サ「うーん、今年はもろもろの事情により行けそうにないな。ということで、音楽を聴いて旅行に行った気になろうか」
佐「そういう流れね。風景を想起させるような曲を聴いていこうというわけ?」
サ「そうだね。あるいは風景とマッチしたときに異常にハマる曲ってあるじゃん。最近エアーで音楽聴くのってクルマの中しかないからさ、その曲がかかったときのロケーションってすごくでかいなと」
佐「風景を想起させるといったら、まずはあのバンドじゃないかね」
The Flaming Lips - The Spark That Bled - YouTube
サ「でた、情景ミュージックの王様、フレイミング・リップス! リップスは喚起力ハンパないよね、絶対旅のお供に持って行ったほうがいい」
佐「このアルバム『Soft Bulletin』はさ、全曲この感じだよね、もう一曲一曲が一本の映画みたいな感じで。リップスはさ、ヘッドホンで聴くともっていかれそうになるのはもちろん、エアーで聴いても実はヤバいんだ。特にクルマとか列車とか流れる風景に合わせた時の破壊力がすごい」
サ「やっぱり曲の展開が作りこんであるからだろうね。でもクイーンみたいなオペラ調じゃなくてあくまで映画、しかもロードムービーって感じの構築感」
佐「うん、これを聴きながら地方の風景なんか眺めてるとさ、もうそれだけで『旅に出てよかった』って思えるよね」
サ「ナンバーガール時代の田淵ひさ子がさ、ツアーの移動中に『Soft Bulletin』を聴いてたんだって。バンドワゴンで全国を駆けながらこのアルバムを聴く……想像しただけでゾクゾクするな」
佐「まさに取説通り。旅には『Soft Bulletin』だね。さて、続いてはこの曲を行ってみよう」
If I Can't Have You- Zero 7 - YouTube
サ「くーっ、この残響感! そうか、zero7もあったか。リップスがアメリカ代表だとしたら、UK代表はzero7だな、旅音楽部門の」
佐「リップスはオルタナギターバンド、zero7はエレクトロニカと出自は異なるんだけど、たどり着いた先は同じような場所だよね。なんていうかな、聴き手の喚起の仕方がすごく抽象的なんだよね」
サ「ああ、わかる、具体的じゃないんだよね。これ聴いて『よし、明日から頑張ろう』となるタイプの音楽じゃ全然ないんだけど、これを聴いている間は確実に違う景色が見えてくるという」
佐「違う景色というより、同じ景色でも違うように見えてくるって感じかな。こういう音楽ってさ、逆に歌詞がわからないっていうのが強みだと思わない?」
サ「ああ、これに日本語詞がついてたらさ、ここまで情景を掻き立てられないかもしれないね。洋楽を聴く大きな動機の一つかもしれないな、それは」
佐「zero7はバンドというよりプロジェクト的なグループだけど、作品ごとにがらりと音楽性を変えてきてて。これの1コ前のアルバム『When It Falls』も強力におすすめできるよね」
サ「ではさらに旅を続けましょうか。情景ミュージックの元祖的存在、御大にお出ましいただきましょう」
Slapp Happy / Henry Cow - Desperate Straights - YouTube
佐「はい、スラップハッピー以外にないなここは。これはヘンリーカウと合流する時期の音源だね。インスト曲だけど不協和音の連続」
サ「ジャズ風のスイングビートに乗せて不協和音。なんだけど全体の印象としてはすごく美しい旋律に響くのはなぜだろうね」
佐「それは今日かけた曲全部に言えることなんだけどさ、メロディよりもそれがどう聴こえるかっていう音響を重視しているからだと思うんだ、うん。メロディってのは譜面に表れるけど、残響はそうじゃない。これらの曲はそこまで視野に入れて作られているような気がするな」
サ「なんかね、その辺って作家性の問題だと思うんだ。もちろん音楽家は緻密に自分の欲しい音を組み立てていくんだけどさ、常に偶然とか神秘みたいなものに身を委ねているような姿勢。たとえば今日の3組に共通して言えるのはそこで、楽曲に対して神のような視点、それこそ全能性を持つことをどこか放棄している感じがするんだよ。そこに情景が流れ込んでくる余地があるのかな、なんて」
佐「美術でいうと印象派? 刻々と変わる光みたいなものに自分の創作物を委ねるってのはすごく勇気のいることだろうし、芸術家ってのは自分の作品を100%自分の意志の配下に置きたいと思うんだろうけど、それを諦めているというか。もちろん誠心誠意作品には向き合っているんだけど、自分のコントロール不能な何かを介在させることを拒否してないよね」
サ「音楽っていうのはさ、それがどういう環境で再生されるのかって作家の側では選べないから。だったら作品を作家の意志で塗りつぶすんじゃなくて、どっかに余白とか隙間を準備しておいたほうがいい。……なんかね、自分もそういった音楽が作りたいな、なんて思ってて」
佐「おっ、楽しみだね。1から10まで全部語りたがりの君にできるかな?」
サ「うるせえなぁ……ま、京都は無理でもさ、房総あたりに情景ミュージックドライブに行ってみるよ、この春は」