寿司処 DAN兵衛
サトー「へいらっしゃい! 今日は何から握りましょう?」
佐藤「そうね、いつも通り青物からはじめようかな……なんかいいネタある?」
サ「最初は口当たり良く、『Can't Buy A Thrill』あたりからどうです? 72年なんでまだそんなに凝ってないもんでね、さっぱりしてるんですよ」
佐「そうね、ちょっと昆布〆くらいの感じでもらおうかな。じゃ、『ダーティー・ワーク』もらおうか」
サ「へい、お待ち!」
Steely Dan Dirty Work 1972 - YouTube
佐「うーん、シンプルなんだけどやっぱりメロディラインとかギターワークが凡百のバンドとは違うね! おやじ、これ鮮度すごくいいんだけど今朝築地で?」
サ「なぁに言ってやんでいダンナ、こいつは1stアルバムじゃないですか! スティーリー・ダンはしょっぱなからこんな深い味なんですよ」
佐「こりゃまいったね、まったく脂がのってなくてもこの味わいだ。このフォークみたいなコード進行からよくこんな都会的なメロディが出てくるもんだね」
サ「都会的ってダンナ、そいつはこれからが本番だよ。今日は大間の極上ネタが入ってんだ、常連さんにしか出さないよ!」
佐「それはすごい! いきなり歴史的名盤にいくんだね。じゃあとりあえず赤身で旨いやつもらおうか」
サ「へい、お待ち!」
Steely Dan - Babylon Sisters - HQ Audio - YouTube
佐「くーっ、たまらん極上の味だねこれは! 赤身でこんなに濃厚なのは初めてだよ、特にこのイントロは何、DX-7使ってんの?」
サ「馬鹿言っちゃいけねぇ、この時代にDX-7使ってるわけねぇだろうに! ドナルド・フェイゲンのトレードマーク、フェンダー・ローズに決まってるじゃないですか!」
佐「ほーっ、ローズかいこりゃ! いや、ローズっていうとね、いなたいクラシックロック風とかファンキーに使う人が多いだろ、こんな洗練した使い方できるんだねぇ」
サ「ローズのフレーズもそうなんだけどダンナ、左右のギターに注目してくだせぇ、こいつぁレゲエのリズムですよ、ンチャカ、ンチャカってね」
佐「いやこれ80年でしょ、このあたりレゲエの影響を受けたアメリカンロックってすごくあったんだよ、82年のボビー・コールドウェルのアルバムには『ジャマイカ』なんて曲も入ってる。でもさ、ボビーに限らずその手って『白人であるボクらがレゲエやってみました』的なもの以上でも以下でもなくてさ、たいしたことないんだよ。でもやっぱりSDは違うね、こういうのを"消化"っていうんだよ」
サ「ほー、こいつぁえらい薀蓄だ。ダンナ、これドラムはたぶんジェフ・ポーカロが叩いてるんですけどね、超タイトな3点セットさばきがたまんねぇでしょ」
佐「まったくだ。ドラムのみならずすべての楽器がタイトで精緻なビートを刻んでいるというのにこのゆったりしたグルーヴ! カリブ海のビートを完全消化したのはほかでもない、SDだったのだ!」
サ「熱くなったところでダンナ、今日のイチオシどうです?」
佐「メインいっちゃう!? じゃあオヤジ頼むわ、その前に熱いあがりもらおうかね」
サ「そうですね、一回お口直ししていただいて……へい、大トロお待ち!」
Steely Dan-Deacon Blues with Lyrics - YouTube
佐「くーっ、……美味い、美味すぎる! 複雑を極めるコード進行と難解な歌詞、シルキーなエレピと流麗なギター、そして勘所を押さえまくった鳴り物、それらが相まって生み出す唯一無二のグルーヴ! これがSDの最高傑作で間違いないな」
サ「ただ脂ぎっただけの大トロと違って、こいつは毎日でも、何貫でもいけるでしょう? 脂の質が違うんですよその辺のやつとは」
佐「これはシャリもただもんじゃないね。何か仕込んでるの?」
サ「おっと、それは企業秘密なんですがね、ダンナにだけは特別に。Aメロは主に13th、サビは主に7thのテンション入れて味付けしてますね」
佐「やっぱり。Aメロなんて展開そのものはオーソドックスだけど不思議な響きがあってね、13thとは畏れ入ったねこりゃ! そんで歌詞もまた手が込んでるね」
サ「ええ、『die behind the wheel』ってフレーズひとつとってもね、今だに解釈が割れてるくらいで。なんだけどただ難解なだけじゃなくて語感とかも含めて曲にマッチしてるとくらぁ、現代詩としても成立するんですよ」
佐「まったくいい仕事してるなぁ……。さてオヤジ、そろそろ締めの一貫にしようか。ちょっと趣向を変えて白身でいいやつある?」
サ「白身ですかい……SDじゃなくてフェイゲンのソロでいいやつが入ってますよ、さっぱり・しっとりだけど味わいは深くてね」
佐「フェイゲンのソロか、『ガウチョ』の正統に位置するからね、ま、ありかな。じゃそれで」
サ「へい、お待ち!」
Donald Fagen Maxine (HQ) - YouTube
佐「こりゃまたさっきの大トロとは違って、まるでオールディーズみたいな世界だね。古き佳きアメリカン・ミュージックだ」
サ「このジャケ見てくださいよ、これはね、フェイゲンの少年時代って設定で、1950年代の架空ラジオ番組のDJが掛ける音楽、ってコンセプトなんですよ」
佐「なんだけど内容的には全然レイドバックしてなくて、1982年当時の最先端サウンドだもんなぁ。これが史上初の完全デジタルレコーディングってホント?」
サ「もちろんで! 今もこのアルバムをサウンドチェックに使うPAさんもいるくらいですからね。めちゃくちゃ音品質が高いんでさぁ」
佐「おっとっと、オヤジのサウンド薀蓄が始まるときりがねぇからこの辺でおあいそしてもらおうか」
サ「へい、毎度! ……えー、今日は25,000円になります」
佐「えっ、たった4貫つまんだだけだよ、そんなに高いの!?」
サ「馬鹿言っちゃいけねぇ、SDのレコーディングにどんくらい金がかかってると思うんでい! こちとら、何十人もスタジオミュージシャン参加させて最先端のレコーディング環境で作りこんでるんでい」
佐「わかったよ、しょうがねぇなぁ、今度のポールの来日公演が安く思えてきたよ……。じゃカードで」
サ「領収書出します?」
佐「あ、じゃあ一応、ゲイリー・カッツ*1で切っといて」
*1:SDのアルバムプロデューサー