拝啓 デヴィッド・ボウイ様
突然のあなたの訃報に接し、いま世界中で何億人の人が驚き、悲しんでいることでしょう。
私も多くの人と同じように、あなたの作品に夢中になり、あなたの存在を愛し、そしていま、あなたの不在を悄然と受け止めています。
とはいえ私は、あなたの文字通り目まぐるしいキャリアのすべてにおいて、熱心なリスナーではありませんでした。
私があなたの作品で夢中になったのは、いわゆるジギー時代の傑作群と、80年代のコラボ作品たちであり、あなたのことを語る資格など自分にはないと戒めもしたのですが、やはり旅立たれたあなたにどうしてもお礼が言いたく、こうして筆をとった次第です。
私が「ジギー・スターダスト」に出会ったのは、16歳の終りの秋の日でした。
今でも覚えているのは、それが生まれて初めてタワーレコードに行った日だからで、宝の山を前に興奮しきりの私は、わずかな小遣いから迷いに迷ったすえ最終的にあなたのレコードを選び、抱きしめるようにして持ち帰ったのです。
あなたの作品を聴いてみようと思ったのは、当時私が夢中になっていたバンド、スウェードのメンバーがあなたからの影響を公言していたからで、耽美で麻薬的なスウェードの音楽の虜だった私は、同じようにグラマラスな音像をあなたの音楽にも期待していました。
プレーヤーに載せた「ジギー」からは、確かに華やかではあるけれど、思っていたよりもずっとシンプルなロックが流れてきました。
スウェードよりもむしろ、馴れ親しんできたビートルズに近いと思ったものです。
一聴して地味に感じた音像はしかし、私を魅了するまで、おそらく3日とかからなかったでしょう。
練りに練られた曲たちは真の意味でのダイナミズムに溢れていて、聴けば聴くだけ、このレコードが私の心を占拠していったのです。
最初は受け入れがたいと感じたあなたの派手なヴィジュアルも、この素晴らしい曲たちをパッケージするもののひとつであって、目的ではなく手段であることが次第に理解できました。
実のところ、世界があと5年だとか、火星からやってきたスターだとか、そういった設定は私にとってはどうでもよくて、とにかくただただ素晴らしい曲たちに圧倒されたのです。
優れたロックミュージックに全身を包囲されたときの、あのゾーンに入ってしまう感じ。
それが田舎の高校生にとってどれだけ刺激的で、退屈な日常の対極にあるものか。
その頃私が直面していた現実は、何もかもが灰色で蹴飛ばしてしまいたいものばかりでしたが(実際にはそうではなく、そうとしか思えなかっただけですが)、あなたの音楽を聴いている間だけは、世界は美しく輝き、興奮に満ち溢れていました。
当時の私にはアイドルが何人かいて(みんなあなたの後輩です)、彼らはひねくれた私の感情を誰よりも的確に表現してくれた「代弁者」でしたが、あなたは私にとって、理屈抜きでひたすら夢中にさせてくれる異次元の存在であり、文字通り「スター」だったのです。
十代から二十代にかけて、「ジギー・スターダスト」は間違いなく一番聴いたレコードでしたが、私は二度に分けて、この作品に深く接することになりました。
二度目の出会いとは、自分でもギターを弾くようになり、下手ながらプレイヤーの立場から「ジギー」を掘り下げるようになったことです。
18歳の頃、昼飯代を切り詰めて貯めたお金で買った「ジギー」のスコアは、私にソングライティングのすべてを教えてくれました。
王の墓をあばくように、私はあなたの魔法のような作曲術を検分していきましたが、そのロジカルで美しいコード進行は、それまで私が知っていた歌謡曲やフォークソングのそれとは大きく異なっていました。
あなたの曲には必ずぐっとくるポイントがありますが、そのような時はいつも、通常のセオリーからはずれてみたり、逆に王道をこれでもかと展開してみたり、微妙な味付けの変化が施してあったり、とにかく何がしかの「仕掛け」があったのです。
このことは私に、「感動には必ず理由がある」というソングライティングの鉄則を教えてくれました。
あなたは天才的なソングライターであり、その表現は神秘に包まれていましたが、発信者たるあなた自身は決して偶然に身を委ねることなく、緻密に、真摯に、文字通り作品を織り上げていたのですね。
パフォーマンスにおいて奇跡は起きることがあっても、作曲においては奇跡など起こりようがなく、ひたすら地道な試行錯誤と積み重ねの先に多くの人の胸に響く曲が立ち上がってくるということを、私はあなたから学んだのです。
あなたはソングライターとしては間違いなく屈指の存在ですが、楽器演奏者として、またシンガーとしては、大変失礼ながら、傑出した存在ではありませんでした。
しかし、あなたの表現は常に刺激に満ちていて、創造性を感じさせました。
あなたはまさにコンセプトの天才だったのだと思います。
そして、虚実の入り交じった自身の打ち出し方は、たった一つの絶対的な法則、「Changes」に貫かれていました。
あなたは常に美しく、気高い佇まいの人でしたが、それは変化という不断の緊張感を自らに課し、常に「何かであろうとする」途上にあったからではないかと思います。
あなたの死後、親交のあった方々が「普段は普通の人だった」とあなたを偲んでいたのを目にし、私はあなたの魅力の根源を見た気がしました。
あなたの本当の美しさは、天賦のものにではなく、美しいものに憧れ、それを目指す姿勢の中にあったのだと。
あなたが愛したこの国には、あなたの母国にも負けないくらい、あなたの影響を受けた表現者が多く存在します。
その中で、最も自覚的にあなたに迫ってきた音楽家が、奇しくもあなたの死の直前に、かつてのバンドを再始動させることを発表しました。
彼もあなたと同じように、美しくあろうとする姿勢が美しい人です。
いち音楽ファンとしては、星を継ぐ者・吉井和哉の今後の活動に期待せずにはいられません。
あなたが遺した不滅の作品を聴き継いでいくとともに、あなたが影響を与えた多くの表現者の作品に触れることで、偉大なる表現者で稀代のロックスター、デヴィッド・ボウイに出会えた喜びを、これからも噛みしめていきたいと思います。
本当に、ありがとうございました。