布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

東京は自転車で

18歳になったらすぐに取ろうと心に決めていたものの、なぜか僕が運転免許を手にしたのは26歳。

それも就職に必要かもしれないという実利を考えての免許取得だった。

いざ免許を手にし、レンタカーを借りて運転するようになると、かつての自動車熱がよみがえってきた。

僕は絵にかいたような自動車少年だったのだ。

秋に免許を取ったその冬、ポリバケツのような青色のルノーを買った。

人生で初めて所有した自分のクルマだ。

それから10年以上、借金を背負いながら車を乗り換え、週末はどこに行くにもクルマ、郊外だけでなく渋谷や新宿に出かける時もクルマを足にする生活を続けた。

分不相応な金と膨大な時間がクルマにつぎ込まれたけど、クルマの話なら一晩中続けられるくらいの情熱は常に自分の中にあった。

 

だからクルマを手放すとき、あの断腸の思いとやらを自分も知る時がきたのかと慄然とした。

翼をもがれるとは言いすぎでも、しばらくは喪失感の虜になってしまうかもしれない。

しかも本意でなく維持できなくなって手放すのだから、落ち込んでいる自分の姿を思い浮かべた。

 

しかしクルマを手放しても、どうだろう、僕の心は少しも痛まなかった。

クルマを所有し続ける経済的負担、運転に伴うストレス、出先で駐車場を探す不便さ、そういったものから解放され、逆に今まで重くのしかかっていたそれらの存在に気付かされた。

クルマのことは相変わらず好きだけど、それは眺める対象としてであって、社会的責任を負いながら所有することの重さはまた別の感覚が担うものなのだ。

交通事情や駐車場のことなど何も考えず、気の向くままに街に繰り出すようになった。

大げさでなく、僕は自分が少し若返ったような気持ちになった。

 

電車と歩きの移動もいいけど、引っ越した先はより都心に近い。

僕は久しぶりに自転車に乗ってみようと思い立った。

その気になれば、我が家を拠点に山手線の左半分はほぼ網羅できそうだ。

さて、自転車選び。

東京の街を駆け抜けるのに、MTBは重過ぎるしロードバイクは尖りすぎている。

いい頃合いのクロスバイクを物色していたところ、東京の街を走るための自転車というコンセプトのTokyo Bikeを知り、「これだ!」と膝を打った。

さっそく高円寺のお店に出向き、ブルーグレーの26インチをオーダーした。

納車の前は、クルマを迎えに行く時に勝るとも劣らない昂揚感に包まれた。

 

Tokyo Bikeは、文字通り東京の街を駆け抜けるのに最適な自転車だ。

坂の多い東京の街を軽快に駆け抜けるにはそれなりの性能が必要だが、安直でもなければオーバースペックでもない、ちょうどいい性能のパーツで組み上げられている。

何よりシルエットやディテールがシンプルで、色がきれいなのがいい。

世田谷の住宅街でも、渋谷の雑踏でも、青山のショップが居並ぶ通りでも、風景に溶け込むような一体感がある。

 

自転車で駆け抜ける街は、クルマから眺める街並みとは画素数が違う。

車窓から見える街並みが15年前のケータイで撮った写真だとしたら、自転車で眼前に広がる景色は、最新のデジタル一眼でとらえた精密さがある。

そして身をもって感じる、この街の特徴である起伏の豊かさ。

坂を上ると違う街並みが現れ、坂を下るとまた表情が変わる。

坂の途中には高低差をうまく取り込んだ建物がはめ込まれていて、地形と暮らしが結びついている様に感心する。

散々クルマを乗り回していたおかげで、主要な道は明日タクシー運転手を始められるくらい詳しくなったので、自転車ではその間をつなぐ入り組んだ道や路地を頭の中の地図に書き加えていく。

毛細血管に血が通うようになった東京の街は、今までよりも断然輝いて見える。

 

かつて散歩した街並みを、収納された記憶を取り出しながら走る。

変わらない景色もあれば、大きく変わった街並みもある。

僕は昔、ほとんど原理主義的な景観保存主義者だったが、今は少し違う。

貴重な戦前の建築や、60年代に建てられたヴィンテージマンションが消えていくのは残念ではあるが、そこにまた新しい街並みが生まれ、歴史を刻んでいくことのほうに東京らしさを感じるようになったからだ。

この場所が都市化されるようになった400年前から、東京に住む人はこの街を使ってより豊かな未来を模索し続けてきた。

そこに暮らす者にとって都市は、それをつくることが目的でなく、それを使って幸せに生きるための手段なのだ。

だから変わっていく街並みにいくばくかの悲しみを感じることはあっても、それ以上に東京の、同じままでいることを知らないダイナミクスに惹かれる。

 

  変わり続ける景色も/振り返らず/朝を待ちわびる強さを

 

そんなことをうたった曲もあったな、そういえば。

あの曲、本当に僕は気に入ってるんだ。

 

今度の休みがもし晴れなら、僕はふたたび自転車にまたがって東京の奥深くに入り込んでいくだろう。

またいつかクルマでこの街を走り抜ける日がくるかもしれないけど、だとすればなおさら、今しか見ることのできない街並みをしっかりと感じたい。

2度目のオリンピックを前に、この街はまた大胆に変わっていくのだろうから。

東京はいまや、ホームグラウンドの安堵感で包み込んでくれるようになったけど、同時に僕には、いつまでも憧れの対象であり続けている。

自転車に乗るようになって、東京の街がまた好きになった。