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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

黒田フィーバーによせて

広島カープ黒田博樹が帰ってきた、20億円のオファーを蹴って!

連日の報道、特に興味がない方もどこかでご覧になったかと思います。

私の記憶では、カープの選手がここまで全国区で取り上げられることはかつてなかったのですが、それでも全然情報量が足りません!

もう本人にはストーカーみたいで申し訳ないけど、我々カープファンは黒田の一挙手一投足をつぶさに知りたい、それくらい彼のことが好きなのです。

 

さて。

その愛情がにわかブーマーでないことを証明するために、今日はちょうど3年前に私がかつてやっていた個人ブログに載せた文章を再録したいと思います。

その恐ろしいほどの予言的内容は、今日の黒田フィーバーを先取りしていたのだ!(ドヤ顔)

今回の電撃復帰がなくても、黒田は以前から黒田だった――そのことが少しでも伝われば。

 

 

「もう一度、広島で黒田が見たい」2012年2月15日、記

 

今シーズンはニューヨーク・ヤンキースでプレーすることが決まった黒田博樹だが、昨年のFA取得後はいよいよ広島復帰かとカープファンは皆色めき立った。

ただ黒田復帰を熱望する一方で、メジャーで完全燃焼してほしいというファンも多かった。

義理堅い彼のことだから無理に広島に帰ってくるのかもしれない――でも、そんな義理を果たすことない、必要とされる限りはアメリカでプレーしてほしい。

何せ黒田はダルビッシュ前夜の日本人ピッチャーで最も評価が高く、期待される仕事をきっちり果たすことではメジャー屈指の投手である。

条件的には今の黒田からいえばお話にならない契約内容しか提示できない広島に、帰る道理も無い。

なので私に限らず、ほとんどのカープファンは黒田復帰が叶わなかったことを残念に思いながらも、結果的にはこれで良かったのではと安心しているのではないか。

もちろんそういった彼に対する好意的な感情の最大の裏づけは、現役最後は日本に帰ってきて再びカープのユニホームを着てくれるであろう確信、その後は指導者として広島投手陣に再び黄金時代を構築してくれるであろう期待、何より彼なら必ずそうしてくれると私たちに信じて疑わせない彼の人間性である。

 

思えば人様の人生に対し、他人が勝手にシナリオを描いて期待を込めるというのも随分な話だが、なぜか彼に対してはそれが許されるような気がするし、また彼自身もファンの思いに一定の配慮を見せてくれると思う。

彼の魅力はアスリートとしての高いパフォーマンスだけではない。

背負っているものの大きさが彼自身のありようと同化しているところ、つまり私たちの過大な期待がそのまま彼の人間的な厚みに繋がっていることが、彼を単なる好投手で終わらせない。

そういった意味では、江夏あたりを彷佛させる古いタイプのスターなのかもしれない。

 

私が彼の投球を初めて間近で見たのは、99年ごろ、達川政権時の神宮球場でのゲームだった。

その時の彼は、直球は150キロオーバーを連発していたものの制球力に欠け、あまりいいピッチャーという印象は受けなかった。

そんな彼のイメージが変わったのは、2000年後半から2001年あたりだろうか。

当時カープの投手事情は非常に苦しく(まぁいつもだけど)、達川監督はペナントレースにおいて、弱者の戦略として「先行逃げ切り」を選択した。

勝っておけるうちに勝っておけ、というのは妥当な戦略だと思うが、だんだんその射程は短くなっていき、たとえば先発佐々岡で僅差のリードを守り代打交代を出してしまった場合に、翌日の先発であるはずの高橋建をロングリリーフに投入してしまうなど、目先の1勝を拾わんがためのデスパレートな采配が目立つようになってきた。

そんな中、高い完投能力を持つ黒田に負担が集中するのは当然で、試合展開においてもう彼以上のピッチャーが残っていない(ほとんどの場合においてそうだが)とき、彼は球数に関係なく続投を命じられるのだった。

 

しかしそこで潰れなかったことが、その頃輝き始めた黒田の魅力の源泉となった。

もともと責任感の強い男なのだろう、彼は重圧を背負い込むことを含めて自らのタスクとし、それに耐えうるだけの高い技術と強靭な精神力を陶冶していったように思う。

やがて黒田は、延長戦までもつれ込んだ同点ロースコアの一人で投げ続けた試合において、一発出ればサヨナラ負けという場面で全盛期の高橋由伸に渾身のストレートを投げ込むような、その場面だけで入場料を安いと思わせるプレーを見せるようになる。

そういった姿を見て私たちファンは、長く佐々岡に冠していたあのエースという称号を、黒田に与えるようになっていった。

 

仕事が人を作るとはよく言うが、まさに彼の場合はそれにあてはまるだろう。

彼は自らを「反骨」と称する。

実際投手としてプロから声がかかるほどになったのは大学に入ってからだし、カープという弱小地方球団に入ってからも、チーム成績としては長年Bクラスに甘んじてきた。

しかしそういった外形的条件ではなく、「順序の逆転」が彼をして反骨、つまり非エリートの自覚を持たせているのだと思う。

エリートはその輝かしい実績と入団後に好成績をおさめるであろう高い潜在能力から、それに見合う場所と仕事が用意されている。

しかし黒田の場合、まず先にあったのはチーム事情であり、期待といってもエリートに向けられるそれとは少し異なる、「もうお前しかいないんだよ」という後のない懇願である。

彼は当初、粗削りな若いピッチャーにすぎなかったが、苦しいチーム事情から過大な重圧を背負い込み、それと正面から向き合って格闘する姿を見せることで、周囲の人間が彼をエースと呼ぶようになった。

彼の才能が人並み外れたものであることはもちろんだが、エースとしてのキャリアの第一歩において、その才能よりも仕事の大きさが先行していたことは、彼にとって決定的だったと思う。

黒田博樹の才能がもっとも開花するのは、コンディショニングとかプレー条件が整っているかどうかではなく、自己のプレーがチームに貢献するものであるかどうか、その度合いが高くなればなるほど、彼のパフォーマンスもまた上がっていく。

今やメジャーリーガーとしても誰もが一流と認める黒田だが、自分にまつわる諸条件より背負う仕事の大きさが先行している彼のあり方は、少しも変わっていない。

 

黒田博樹ファンとしては、彼が輝き続ける環境にあるのならば、それが地球上のどこであろうと彼を応援していきたい。

それでもやはり、カープファンとしては、もう一度広島で黒田が見たい。

あのすばらしい球場に、若い有能な投手陣の中で輝く黒田の姿を見に行きたいと思う。