読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

スライダーズとハリーの話

おはようございます、まくらことばのsatosukeです。
なんですかね、この季節の電車、とりわけ小田急線の不快具合といったら、ホントたまらないですね。
そりゃね、外気はかなり冷え込んできましたが、あの電車というハコの中に何百人もの人(しかも主におじさん)を詰め込んでいるんだから、そりゃ暑いし、何より空気が悪いですよ。
冷房入れろとはさすがに言わんが、換気くらいはしてほしいもんですよ、まったく。
もう私、小田急沿線に住んで15年以上経ちますが、まったくこの鉄道は臨機応変さがないというか、車内の状況に応じて空調を調節することができないんですよ!
でもね、クレームつけた端から何ですが、そうなっちゃうのもわかる気がする。
だってさ、電車が「暑い」ってクレームより、「寒い」ってクレームのほうが威力あるって思いません?
電車で暑いと喚いてるのはデブで愚鈍でジャンクフードばっか喰ってるような奴で、寒いとおっしゃるのは繊細でスマートな蒲柳の質のお方、そんなイメージはありませんか?
100件「暑い」ってクレームがあっても、ひとり「寒い」っていう人がいたらそっちの意向が優先される気がしてしょうがないんですよ、暑がりの私としては。
もうついでに言わせていただきますけどね、寒かったら着りゃあいいんですよ、ナンカ巻きゃあいいんですよ。
でもね、暑いってのは脱ぐのも限界があるし、我慢できない、対策の取りようがないから言ってんだこっちは!
……ゴメンナサイ、積年の大怨がスパークして取り乱してしまいました。

さて、週末から私、なぜかザ・ストリート・スライダーズおよびハリーにハマってしまい、ようつべを観まくっているんです。
いやぁ、スライダーズおよびハリー、まじでかっこええわ……。
なんて言うんだろうなぁ、これぞ横ノリなあの鉄壁のグルーヴがかっこいいのはもちろん、曲と詞の世界がすごくいい。
ハリーの描く曲の世界って、すごく孤独なんですね。
なんだけど地の果てで一人お前を待ってる的な孤独ではなくて、たとえば新宿の雑踏を歩いてるときの孤独っていうか、都市生活者の孤独っていうか。
たとえばね、ライブやってまぁうまくいって、打ち上げも盛り上がって、あぁ楽しかった、生きててよかったみたいな気持で満たされながら一人きりのアパートに帰ってきて、数時間前の自分が信じられないくらいの静寂を感じることがあるとしたら、そんな種類の孤独。
なんかそれって、どんなに思い通りに生きてても常につきまとうものだろうし、だからハリーはロックンロールを歌い続けるんだろうな、ファンは聴き続けるんだろうな、そんな気がします。
そういう意味では、同じくニューヨークの都市生活者としての孤独を歌ったアル・クーパーとかルー・リードに通底する感触があるのかな、とも。

あとね、ハリーおよびスライダーズって、独自のセンスがあるじゃないですか。
ぶっちゃけその辺に、渋谷系というかオザケン的というか、界隈の文化圏の方は拒否反応を示すと思うんですね。
でもね、もしそれでスライダーズ聴かないとしたら、こんなもったいないことはないと思いますよ。
私もね、まぁ“ボーダー大好き!”な男ですから、ハリーのステージ衣装とか「どこで売ってんのかな」とか思いますけどね、もう彼らは極めてるから、突き抜けてるからかっこいいんですよ、まじで。
本当にかっこいいものを前にして、自分と趣味が違うからとか、ホント瑣末なことだと思いますね。
ま、私高校時代は山川健一の小説とかけっこう好きで読んでたので、スライダーズ的世界観は嫌いじゃないっていうか、ロン・ウッドみたいな髪型してテレキャスター・カスタム弾くのもアリかな、とか0.001%くらいは思ったりします、はい。

あとね、スライダーズの何がかっこいいって、2本のギターの絡みね。
蘭丸のファンキーなフィーリングと、ハリーのキース・リチャーズ直系のブルージーなフィーリングが絡み合ってどっしりとしたリズム体にのっかる、このアンサンブルは極上の味です。
でね、蘭丸が上手いのはまぁ当然として、ハリーのギターってのがね、完全にボーカリストの弾くギターの域を超えておりまして、でも明らかにギタリスト然としたギターとは異なる非常に歌心のあるギターで。
速いソロ弾くとかめっちゃ切れるカッティングだとか、ぱっと見すごい技は使わないんだけど、歌と相まって唯一無二のグルーヴを出しているように思います。

スライダーズとかハリーの音楽を聴いてると、ロックに自分を捧げるっていうのはこういうことなのかとじみじみ思います。
泡のような音楽産業の中にあって、不易流行の「不易」の部分のみを追求しつづけ、かといってオヤジロック的な安全圏に逃げ込むこともなく、いつになってもひりひりしたロックンロールを奏で続ける――たぶんそれを実現する生き方って、一般的な意味での幸せとはほど遠いものなのかもしれないけど、それでもやっぱりやり続けることのかっこよさ。
絶対になれないとわかっていてもどこか憧れを感じてしまうのが、私にとってのハリーなんです。