オザケン、完全復活!
昨日、小沢健二「魔法的」ツアー初日、ZeppTokyo公演に行ってきました!
今回のライブ、久々のツアーというだけでなく新曲も多く披露されるとのことで、期待もありつつ、でも往年の名曲も聴きたいなぁ、おれたち別に懐メロ大会でも構わないんですよ、みたいな気構えで臨んだのですが、その思いはいい意味で大きく裏切られ、自分のヌルさに喝を入れられる結果となったことをあらかじめ申し上げておきます。
会場は思った以上に男性客が多かったのが印象的でした。
彼らはライブが始まると「おざわー!」と野太い声で叫び、大声で「ラブリー」を歌う集団と化したのですが、この男性客の多さは、他のポップス系アーティストとオザケンを区別する大きなポイントになると思います。
女性はおそらく、私と同年代の方が主体だったかな。
歳をとったかつてのオリーブ少女たちは、友達連れよりも単独で来ている方が多かったように思います。
私の友達でも何人か今後の公演を観に行く人がいるので、セットリストなど詳細の報告は控えますが、大体新曲と昔の曲は半々といった割合でしょうか。
そんで往年のヒット曲が大盛り上がりなのはもちろん、新曲群のすばらしさに会場もあっけにとられていた感じがします。
「ある光」で“線路を降りて”以降、オザケンの音楽はR&Bとかアンビエントとか、別にそっちの路線に行くのはいいんだけど、そういった記号が前面に出ていた表現だったような気がします。
音楽そのもの以前に、「この人は一体何がやりたいんだろう」という疑問がまず入ってくる感じ。
それは「うさぎ!」をはじめとした執筆活動でもそうで、この間の彼の表現を戸惑いと共に受け入れられないファンも多かったのではないでしょうか(私もその一人)。
そういったもやもやが、7曲の新曲を聴いて一気に吹き飛んだのです。
昨夜披露された新曲たちは、これまでのオザケンの表現を総合し、止揚したような、到達点とも呼べるものでした。
テンション感のあるコード進行に支えられたメロディは複雑で、文学趣味全開の歌詞は難解としか言いようのないものでしたが、そこにはかつてのような独善性は見当たりません。
苦労して積み重ねたものの先でこの音が鳴らされ、言葉が紡がれている――昨夜居合わせた人々は皆、そう思ったはず。
あの新曲たちにはもう、説明のための記号は不要です。
彼を夢中にさせてきたあらゆる表現は見事に消化・昇華され、オザケンにしか作れないポップスとして見事に結実していたのです。
先入観を植え付けそうなので具体的な参照例を挙げるのははばかられるのですが、私にはあの新曲群、スティーリー・ダン、しかも「Two Against Nature」あたりの手練れ期SDを彷彿とさせるものがあったことを報告しておきます。
本人も新曲には相当自信があるようで、プロジェクターで歌詞を映し出しながら、かなり丁寧に伝えようとしていました。
アンコールでは往年のヒット曲でも演るかと思いきや、新曲群のダイジェスト版を流した上でもう一回演奏するという本来の意味でのアンコールだったことからも、新曲に対する手応えと思い入れはかなりのものがあるのでしょう。
そして何よりうれしかったのが、ステージ上のオザケンが非常に若々しく、全盛期にも匹敵する輝きを取り戻していたことです。
数年前、「笑っていいとも!」に出演した時の、あの仙人のような脂の抜けたオザケンではなく、はつらつとして、茶目っけがあって、ちょっぴり不遜なあのオザケンが帰ってきたのです。
絶対的な自信を持った新曲を引っ提げ、少しおののきながらも唯我独尊に演奏するその姿は、フリッパーズ解散後、沈黙を破って日比谷野音に降臨したあの若き日の姿の再来のように思えました。
このおれが本気出して新曲作ってきたんだよ、いいのなんて当たり前じゃボケ!というあのオザケンがいたのです。
やはり彼の作詞作曲能力は他と比較にならないレベルにあるし、その才能の輝きは、嫉妬するのも馬鹿らしいほどの圧倒的なものを感じさせます。
人類の叡智を踏まえた総合的な表現を目指しながら、俗っぽさまで身にまとい、マスに届けるため迷いなく王道を歩む。
やっぱりオザケンは、こうでなくっちゃね!
終演後、一緒にいったKJHくんと異口同音に言い合ったのは、「おれもがんばろうって思った」という感想でした。
これまで僕たちに圧倒的な影響を与えて来たあの人がもう一度勝負に出たのだから、自分たちだってまだまだ頑張れる、老け込んでる場合じゃねぇ!と、単純ながら決意したのです。
やっぱり懐メロ大会じゃなくてよかった、こんなオザケンが長い間観たかったのだと、しみじみ感じた夜でした。
これから行く方々、思いっきり期待したほうがいいですよ!
今月はオザケン!
もう気づけば風薫る5月。
時が経つのは本当に早いですね。
あ、5月といえばオザケンのツアーが始まるじゃないですか!
私もKJHくん(小山田派だが)と一緒に今月末の公演に行く予定です。
でね、オザケンですよ。
オザケンについてはファンというか、とにかく最も影響を受けた人の一人で、それは音楽だけじゃなくあり方というか、存在そのものが私にとっては憧れであり、時に反発をも感じ、そしていつも気になるという人です。
オザケンに対するアンビバレンツな感情は彼のことが好きな人なら誰でも、程度の差はあれ必ず持っていると思っていて、何度も彼のやることに失望させられたり、理解できなかったりすることがあっても、やっぱりこの人じゃなきゃできないとか、オザケン最強!という結論に至るのではないでしょうか。
あれは今年の1月でしたっけ?
今回のツアーを開始する旨の発表がクアトロであったとき、彼はなんとも理解しがたい行動をとったようで、あそこで「魔法が解けた」と言ったファンも少なからずいたようですが、今度のツアーでは新曲も数多く披露されるとのこと、やっぱり期待せずにはいられません。
なんでオザケンはいつまでも特別な存在なんだろう?
そう考えてすぐに答えが見つかりました。
単純に、彼のような音楽を作った人が後にも先にもオザケンしかおらず、「味」みたいな曖昧な概念ではない、表現をつきつめた真のオリジナリティを確立した存在だからです。
個人的に「犬」は大好きだけど、あれは極論オザケンでなくても作れる作品。
それに対し、「LIFE」からシングル「ある光」あたりまでのオザケンの表現は、本当に彼にしかできない、一つのジャンルとして確立されているものだと思います。
最近ね、「LIFE」をよく聴いてるんですよ。
やっぱり、どう考えてもあんな作品はあれしかない。
いや、音だけだったらとか、メロディだけだったらとか、要素を切り出していけば匹敵する作品はいくらでもリストアップできると思うよ、実際パクりまくってるわけだし。
でもね、総合的な表現として、圧倒的な多幸感と少しの切なさ、現在を謳歌しながら過去と未来をつなぐ時間感覚、何より時の風雪に一切左右されないみずみずしい感性、そういったものが見事に濃縮されパッケージされたあんな作品は、空前絶後としか言いようがない。
私が知らないだけかもしれませんが、「LIFE」みたいな作品が聴きたいと思ったら、やっぱり「LIFE」聴くしかないもんね。
この世界のすばらしさと人間としての生きる喜びみたいなものを、あそこまで的確に表現した作品は、音楽という枠を外してもそうそうないんじゃないかと思います。
ラブソングという古典にして王道のフォーマットに則りながら、平易な言葉とポップな音像を厳守しながら、表現の深淵に触れた奇跡の傑作。
あんなもんを20代半ばで作ってしまうって、どんな生き方してきたんだよと驚くしかないのですが、そんな人がまたツアーやるというんだから、いろいろ思うことはあってもとりあえず観に行かなきゃね。
新宿区霞ヶ丘町
昨日は17時を過ぎたあたりから仕事が手につかなくなり、気が付くと私は地下鉄に乗って青山一丁目の駅を降り、猛然と銀杏並木を神宮球場に向けて猛ダッシュしていました。
そう、現在わが広島カープは、ヤクルトスワローズと三連戦を行なっているのです。
近年の神宮球場におけるカープ戦は、「ここはズムスタか!?」と思わんばかりの広島ホーム感がすごくて。
昨夜も外野・内野ともに真っ赤に染めあがった壮観なスタンドには、もはや珍しくもなくなったカープ女子の皆さんはじめ、熱烈なカープファンが大勢詰めかけていました。
試合はちょっとスワローズファンには気の毒なくらいのワンサイドゲームで、カープ攻撃陣はホームランがんがん打つし、先発の野村投手はキレキレの変化球を武器に完封してしまうしで、シーズンでも何回あるかというナイスゲームでした。
私は単身観戦だったので最初は大人しくじっくり観ていたのですが、周囲のお祭り騒ぎにつられ7回は「それゆけカープ」を熱唱、神宮球場名物の「東京音頭」では、定番の「♪くたばれヨミウリ くたばれヨミウリ」大合唱で大いに盛り上がったのでした。
神宮では試合終了後、選手たちがベンチから引き上げる際にグランドを通るのですが、ここでの見送り大声援が私は好きなのです。
9回裏2アウトあたりから外野自由席の最も内野寄りポジションに移動し、向こうから歩いてくるカープの皆さんに声をかけるのが私のルーティンで、昨夜も「監督~」「新井さ~ん」「ブラッドォ~」と叫びまくっていたのでした。
選手たちが全員引き揚げるとそこで自分にとっての試合終了、歓喜に沸くカープファンの波に乗って球場を後にします。
周囲からは「これでチーム打率1位だな」とか「ノムスケ完封ってすごくない!?」とか「コースケの守備すごかった!」などといった声が聞こえ、私はまるで郷里の広島にいるような気持ちになります。
神宮球場はどの駅からも微妙に遠く、いずれのコースもかなり歩かなければならないのですが、私は日本青年館前から仙寿院交差点を突っ切り、原宿(明治神宮前)まで歩いて帰るのが好きです。
このコースで帰る人はほとんどいないので、ビクタースタジオ前を通り過ぎたあたりで人混みはパタッと途絶えるのですが、この時の、瞬時に静かな都会の夜に包まれる感覚がたまらなく好きなのです。
昨夜のようにカープが勝った日はもちろんですが、たとえ負けたとしてもこの瞬間を味わえるなら、「ああ、神宮また来よう」と思います。
長い坂を上りきって明治通りを左に曲がると、原宿の喧騒がやってくる直前の、落ち着いた街並みが続きます。
この辺りは20年前から、いやおそらくそのもっと前から雰囲気が変わっていない気がする。
極めて前衛的なヴィンテージマンションであるビラ・ビアンカの1階には、映画のセットのようなメキシカン・レストラン、フォンダ・デ・ラ・マドゥルガーダがあって、「東京音頭」の文句じゃないけど、やっぱりここは東京のど真ん中なんだなと実感します。
ここを歩くころにはかなり酔いも醒めてきて夜風が気持ちよく感じられるので、先ほどまでの広島お祭り気分は静かにフェードアウトしていき、また東京の日常が再開するのです。
神宮球場一帯は新宿区霞ヶ丘町といって、ここは番地のない単独町名とのことです。
今は2020年のオリンピックに向けて再開発の真っ最中で、実際日本青年館も更地になっていて、霞ヶ丘団地も遠くないうちに取り壊されるとのこと。
そもそも現在の霞ヶ丘町の大半は1964年のオリンピック時に開発されたのですが、2回目のオリンピックのためにまた、街並みが変えられようとしています。
60年代東京の空気を色濃く残す霞ヶ丘町が大好きな私は一抹の寂しさを感じるのですが、こうやって新陳代謝を繰り返していく宿命にあるのがこの一帯なのでしょう。
幸いなことに神宮球場には取り壊しの話が出ていないので、今後しばらくはこの素晴らしい球場で野球が楽しめそうです。
野球に興味のない方も、気持ちのいい風に吹かれながら神宮球場でビールを飲み、その後都会の夜を散歩するこの遊び、オススメですよ。
福山にて
いま私は、郷里の福山駅にいて上りの新幹線を待っています。
この週末は、兄の結婚式で帰省しておりました。
最近は誰かのお葬式や法事ばかりの佐藤家にあって、たいへん珍しい慶事。
喪服姿しか知らない親戚の皆さんも華やかに着飾っていて、久しぶりに明るい一同なのでした。
それにしてもあのカオティックな佐藤家にお嫁さんが来てくれるなんて!
レアキャラと化して久しい私も、素直に感謝と祝福の気持ちに包まれたのでした。
行く前は頭脳警察の「いとこの結婚式」的な無駄にエッジの立った気分だったのですが、終わってみればまぁ、やっぱいいもんだなと。
兄嫁さんのご家族もいい方ばかりで、新たな御縁に喜びで満たされております。
披露宴の途中、ベロンベロンに酔っ払った叔母から、「あんたはまぁ大丈夫じゃけ」と謎の励ましをいただき、「お、おう」という感じでしたが、まぁ佐藤家出身者として頑張ろうと改めて思った次第です。
さぁ、おれの街、東京に帰るべ!
この日がいつか来ることなんて
自転車に乗るようになってから、「あー、このチャリでもいつかこける日が来るんだろうなー」と漠然とした不安を抱えていたのですが。
洗剤とか常備系食材とか、まとまった買い物がある場合、私は三軒茶屋の西友に行くのですが、今日もそんな感じでぴっと三茶までチャリを走らせたわけです。
そんで西友ってやっぱ安いよね、あれもなかったこれもなかった、あ、あれはもうすぐなくなりそうだからストック買っとかなきゃみたいな感じで、結果的に推定3キロと5キロの買い物袋2つが出来上がったと。
うーん、カゴのないチャリでこいつを持って帰るのはなかなか難儀だゾと慎重に進んでいたのですが、やっぱりバランスをとるのは至難の業で。
途中で「あっぶねー」みたいな局面に何度も遭遇しながら、なんとか淡島通りまではたどりついたわけです。
そんでサミットのところで一回態勢を立て直してふたたび漕ぎ出した次の瞬間……バランスを崩した私は植え込みに思いっきり突っ込みました。
いやー、痛いやら恥ずかしいやら、そそくさとその場を立ち去ったわけですが、ここ2か月くらいずっと様子見している左足首は思いっきり痛いし、左腕にも刺すような痛みが走っている。
ほうほうの体でなんとか家にたどり着き、服を脱いで左腕を確かめてみると、陽気に誘われて薄着だったこともあり、かなり広範囲に擦り傷ができておりました。
40を目前にして小学生並みの擦り傷……うーん、この……。
やっぱりカゴ付きのチャリにしておくべきだったかなぁ、あるいはまとまった買い物は電車で行くべきだったと先に立たない後悔にさいなまれる、やるせない日曜の午後となったのでした。
全っ然話は変わりますが、ハイエイタス・カイヨーテ。
最近知ったオーストラリアのR&B? ネオソウル? バンドなんだけど、これ最高ね。