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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

新宿区霞ヶ丘町

昨日は17時を過ぎたあたりから仕事が手につかなくなり、気が付くと私は地下鉄に乗って青山一丁目の駅を降り、猛然と銀杏並木を神宮球場に向けて猛ダッシュしていました。

そう、現在わが広島カープは、ヤクルトスワローズと三連戦を行なっているのです。

 

近年の神宮球場におけるカープ戦は、「ここはズムスタか!?」と思わんばかりの広島ホーム感がすごくて。

昨夜も外野・内野ともに真っ赤に染めあがった壮観なスタンドには、もはや珍しくもなくなったカープ女子の皆さんはじめ、熱烈なカープファンが大勢詰めかけていました。

試合はちょっとスワローズファンには気の毒なくらいのワンサイドゲームで、カープ攻撃陣はホームランがんがん打つし、先発の野村投手はキレキレの変化球を武器に完封してしまうしで、シーズンでも何回あるかというナイスゲームでした。

私は単身観戦だったので最初は大人しくじっくり観ていたのですが、周囲のお祭り騒ぎにつられ7回は「それゆけカープ」を熱唱、神宮球場名物の「東京音頭」では、定番の「♪くたばれヨミウリ くたばれヨミウリ」大合唱で大いに盛り上がったのでした。

 

神宮では試合終了後、選手たちがベンチから引き上げる際にグランドを通るのですが、ここでの見送り大声援が私は好きなのです。

9回裏2アウトあたりから外野自由席の最も内野寄りポジションに移動し、向こうから歩いてくるカープの皆さんに声をかけるのが私のルーティンで、昨夜も「監督~」「新井さ~ん」「ブラッドォ~」と叫びまくっていたのでした。

選手たちが全員引き揚げるとそこで自分にとっての試合終了、歓喜に沸くカープファンの波に乗って球場を後にします。

周囲からは「これでチーム打率1位だな」とか「ノムスケ完封ってすごくない!?」とか「コースケの守備すごかった!」などといった声が聞こえ、私はまるで郷里の広島にいるような気持ちになります。

 

神宮球場はどの駅からも微妙に遠く、いずれのコースもかなり歩かなければならないのですが、私は日本青年館前から仙寿院交差点を突っ切り、原宿(明治神宮前)まで歩いて帰るのが好きです。

このコースで帰る人はほとんどいないので、ビクタースタジオ前を通り過ぎたあたりで人混みはパタッと途絶えるのですが、この時の、瞬時に静かな都会の夜に包まれる感覚がたまらなく好きなのです。

昨夜のようにカープが勝った日はもちろんですが、たとえ負けたとしてもこの瞬間を味わえるなら、「ああ、神宮また来よう」と思います。

長い坂を上りきって明治通りを左に曲がると、原宿の喧騒がやってくる直前の、落ち着いた街並みが続きます。

この辺りは20年前から、いやおそらくそのもっと前から雰囲気が変わっていない気がする。

極めて前衛的なヴィンテージマンションであるビラ・ビアンカの1階には、映画のセットのようなメキシカン・レストラン、フォンダ・デ・ラ・マドゥルガーダがあって、「東京音頭」の文句じゃないけど、やっぱりここは東京のど真ん中なんだなと実感します。

ここを歩くころにはかなり酔いも醒めてきて夜風が気持ちよく感じられるので、先ほどまでの広島お祭り気分は静かにフェードアウトしていき、また東京の日常が再開するのです。

 

神宮球場一帯は新宿区霞ヶ丘町といって、ここは番地のない単独町名とのことです。

今は2020年のオリンピックに向けて再開発の真っ最中で、実際日本青年館も更地になっていて、霞ヶ丘団地も遠くないうちに取り壊されるとのこと。

そもそも現在の霞ヶ丘町の大半は1964年のオリンピック時に開発されたのですが、2回目のオリンピックのためにまた、街並みが変えられようとしています。

60年代東京の空気を色濃く残す霞ヶ丘町が大好きな私は一抹の寂しさを感じるのですが、こうやって新陳代謝を繰り返していく宿命にあるのがこの一帯なのでしょう。

幸いなことに神宮球場には取り壊しの話が出ていないので、今後しばらくはこの素晴らしい球場で野球が楽しめそうです。

野球に興味のない方も、気持ちのいい風に吹かれながら神宮球場でビールを飲み、その後都会の夜を散歩するこの遊び、オススメですよ。