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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

ある歌手への期待

朝倉さやの存在を知ったのは、安住さんのラジオ番組「日曜天国」でした。

たしか、初めてゲストで出演した週の放送は聞き逃していたのですが、その翌週の放送で、「たいへんな反響をいただいた」として、もう一度デビュー曲「東京」がリクエストされたのです。

なので何の予備知識もなく聴いた「東京」でしたが、私は涙があふれてきそうになりました。

のびやかで真っ直ぐな歌声は技巧として優れているだけでなく、心に直接触れてくるような力を持っていました。

そして一切の虚飾とは無縁の言葉が綴られていて、今の世の中にこんなに純粋な表現があること自体に驚きを覚えたものです。

その後、ポッドキャストなんかで出演回の番組をチェックし、気が付けば私は、すっかり朝倉さやファンになっていたのです。

 

私は知らなかったのですが、彼女は「なまりうた」ということで、テレビ番組では結構話題になっていたとのこと。

民謡コンテストで日本一になった実績からわかるように、民謡歌手として確かな実力をもった彼女は、ヒット曲を山形弁に変換して歌うという「芸」でテレビなどに出ていたそうです。

もしその時朝倉さやを知っていたら、「ふーん、こんな人いるんだ」くらいの印象で終わっていたかもしれませんが、彼女が本当にやりたいことは自分で作ったオリジナル曲で世の中に出ていくことであり、その思いがすべて込められたデビュー曲「東京」を最初に聴いたことは、今となっては幸運だったと思います。

彼女が「シンガーソングライター」として最初の一歩を踏み出したタイミングで知ることができたのですから。

 

「東京」は私がそれまで知っていたどんな曲とも似ていない、まったくのオリジナルな表現だと感じられました。

もちろん、ポップス、というか歌謡曲として普遍的なメロディとアレンジを追求した王道の曲なのですが、なんていうか「加工」がないのです。

それはエフェクトとかそういう意味じゃなく、表現として衒いがないということで、朝倉さやという歌手の「歌いたい、伝えたい」という一点の曇りもない衝動と、なんとか彼女を世に送り出したいという周りの人の情熱が、そのままパッケージされたような歌であるということです。

「東京」の歌詞は、ほぼ修辞の施しがないきわめてストレートな言葉選び・言葉遣いで成り立っていますが、かといって表現として奥行きがないかといえば全く逆で、それを目指すことなく詩情を獲得している稀有なものだと思います。

そして何より歌唱が素晴らしい。

どこまでも真っ直ぐに伸びていくような歌声は、聴く者の心を無条件に揺さぶる絶対的な何かが宿っています。

彼女の民謡という要素はこの曲においてバックグラウンドにすぎず、こういう表現をするために民謡歌手からシンガーソングライターに転じていったのか、と深く納得させられました。

 

私は基本的には、センスや批評性をベースに自らの表現を作り上げていくスタイルの人が好きなのですが、朝倉さやのように、芸事を研鑽しその積み重ねの上に自己表現を達成するスタイルの表現者にも、深い敬意を表するものです。

というか今の移り変わりの速すぎる音楽業界において、芸事の蓄積から表現を開花させる人は絶対的少数の貴重な存在で、それは本人に才能があることはもちろん、彼女のことを支えたいと心から願う人たちが周りにいることの証だと思います。

そう周囲に思わせてしまうのもまた彼女の才能なのですが、彼女が出演した番組の動画や音声に触れれば、その真っ直ぐな人柄がすぐに伝わってくると思います。

(余談ですが、彼女のプロモーション周辺は非常に手作り感満載で洗練とは無縁なのですが、そこにも好感がもてます)

 

私は「東京」の、「私一人でがんばるよ」というフレーズが好きです。

そこには他者を威圧する気負いもなければ、同情を誘う悲壮さもありません。

ただ真っ直ぐに前を見つめ、自分の足で歩いて行こうとする凛とした意志が感じられ、ホントに単純ですが、「よし、おれもがんばろう」という気にさせてくれます。

あそこに出るためにはなんかいろいろ大人の事情が左右するみたいですが、本当はこういう人こそ紅白歌合戦に出るべきなのです。

自作・他作を問わずこれからも作品に恵まれれば、朝倉さやは国民的歌手になれる逸材なのですから。

無限の可能性を感じさせる朝倉さやを、これからも応援していきたいと思います。