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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

「ラブ&マーシー」観てきた

佐藤「というわけで『ラブ&マーシー』なんだけど」

サトー「ブライアン・ウィルソンの自伝的映画を作るって話はかなり前からあったらしい。そんでここにきて実現したということなんだけど、まずはこのキャスティングね。よくもまぁあれだけそっくりな役者を集めてきたもんだ」

佐「青年期のブライアンを演じるポール・ダノね、ホント生き写しかってくらい似てるよね。パーツをひとつずつ検分するとそれほど似てないんだけど、雰囲気とか肥り方がすごく似てる。なんでも役作りのために14キロ太ったらしいが」

サ「中年期を演じるジョン・キューザックは似てるのかって言えば?だけど、でもいいキャスティングだと思った。純粋なまま歳を取った感じがすごく伝わってきたね」

佐「それでこの映画のすごいのは、主役のブライアン以外もそっくりな役者を集めたってことだよね。とくにメンバーのアル役、マイク役はすげえ似てる」

サ「あと何気にヴァン・ダイク・パークスも似てたよね。実際あんな芸術青年然とした感じで、マイク・ラブのおっさんにしてみれば『こいつはさっぱりわからん』という佇まいだったと思うよ」

佐「それでこの映画ですが、こういう専門分野のドキュメントタッチの作品ってリアリティの部分がすごく問われて、実演シーンで素人丸出しなところがあったりすると一気に醒めちゃうんだけど、『ラブ&マーシー』はその辺もぬかりなかった」

サ「うん、演奏シーンとかレコーディングのシーン、実際楽器できる人を集めたんだろうね。使ってる機材の時代考証もばっちりだった。あとダノの歌唱は本人の生歌らしいんだ、ヴォイトレをやり込んであのファルセットをモノにしたらしい」

佐「そりゃすごい。ベースの弾き方も本人そっくりだったよね、相当訓練したんじゃないかな」

サ「『ジャージー・ボーイズ』もその辺のリアリティって完璧だったでしょ。やっぱりアメリカって映画産業の裾野が広いからこういうことができるんだろうね」

佐「昔さ、柔道の山下泰裕の自伝的映画『山下少年物語』ってあったじゃん。あれ、山下の生まれた時代のシーンでさ、登場人物だけは昭和30年代のクルマ乗ってるんだけど、背景に思いっきり現代のクルマが走っててね。げんなりした」

サ「レコーディングのシーンでさ、ベーシストのキャロル・ケイのいかにも60'sなファッションとかまで再現されてたでしょ」

佐「キャロル・ケイ! あの「カリフォルニア・ガール」の独創的ベースラインを生み出した人ね。他にもレコーディング現場におけるハル・ブレインの存在感ってあんな感じだったんだろうなとか、単に似てるだけじゃなくて各人の佇まいとかポジショニングまで再現してた。よっぽどのマニアが演出したんだと思うね」

サ「それで映画の本筋なんですが、その辺の音楽的予備知識がなくても十分に楽しめるよね」

佐「うーん、そうだなぁ……。①ビーチボーイズのメンバーはブライアン兄弟に友人のアルといとこのマイクを加えて結成された。天才ブライアンと対照的なのがマイクで、二人の間には常に(今も)確執があった。②ビーチボーイズのレコーディングはブライアンのディレクションのもと、メンバーではなくスタジオミュージシャンが行っていた。その間他のメンバーはツアーをし、ヒット曲を演奏していた。③ビートルズの『ラバーソウル』に衝撃を受けたブライアンが対抗すべく制作したのが『ペットサウンズ』で、『ペットサウンズ』はビートルズ(特にポールとジョージ・マーティン)に衝撃を与え『サージェント・ペッパー~』を生み出す契機となった。④『ペットサウンズ』は一部で高評価を呼び、さらなる緻密なポップワールドを追究すべく『スマイル』が制作されたが、メンバーやレコード会社の不理解、ブライアンのコンディション悪化などを原因に頓挫。結果、中途半端な状態で『スマイリー・スマイル』としてリリースされた。幻の名盤となった『スマイル』は、長年ブートレグが出回るなど伝説化されていたが、2004年、ついにブライアン本人によって再構築され完成を見た。⑤精神に異常をきたしたブライアンには、70年代から精神科医のユージン・ランディがつくようになった。ユージンには功罪ともにあると評されているが、とにかくブライアンは長い間、ユージンの圧倒的な影響下にあった……これくらいの予備知識があればいいかと思います」

サ「なげえよ! ……この映画は2つの時代のブライアンを行き来しながら描く構造で、80年代のブライアンにとって大事なのがエリザベス・バンクス演じるメリンダなんだけど、メリンダが特にビーチボーイズのファンではなく、ブライアンのこともよく知らなかった、というのがポイントなんだろうね」

佐「メリンダって後にブライアンの奥さんになるんだけど、ホント、彼女がブライアン復活の原動力だったんだなって感動した。彼女がいたからブライアンは復活したし、何より『スマイル』も完成したわけだしね。音楽ファンは足向けて寝れないよ」

サ「でも映画ではブライアンを苦しめるだけのユージンとかマイクも、ブライアンの歴史の中では欠かせない人物だと思うんだ。特にマイクね。この映画を見て改めて、ああ、おれやっぱりマイク・ラブって憎めないなぁって思った」

佐「あのおっさんね、要するに普通の人なんですよ、典型的・平均的アメリカ感覚を備えたただの「いとこのおっさん」。でも彼がいたから、ビーチボーイズは商業的にも成功したし、ある種アメリカを象徴するバンドにまでなったんだと思う」

サ「ブライアンの世界ってのは純粋すぎてさ、ホント無色透明なんだよね。そこにどう色を付けていくかってのは周りの人間なんだけど、例えばの話、ブライアンがキャリアの始めからヴァン・ダイク・パークスをパートナーにしていたら、ただのカルトヒーローで終わったかもしれない」

佐「ヴァン・ダイクの『ソングサイクル』はポップ学徒の間ではmustの名盤とされているけど、あのアルバムを理解できる人がそんなにいるとはとても思えない、実際おれさっぱりわかんないし。ヴァン・ダイクとマイク・ラブという真逆のパーソナリティの間を振り子のように行き来したブライアンだからこそ、前衛と大衆性の絶妙なバランスを実現できたんだと思うんだ」

サ「それでね、今まで特に日本では、『ペットサウンズ』以降のビーチボーイズって、作品性とか芸術性のみで語られがちなんだけど、ブライアンの曲ってなんていうのかな、もっとエモーショナルなものなんだなって感じた。人間臭くてぐっとくるのよ」

佐「ああ、……これネタバレになっちゃうけど「素敵じゃないか」が流れるあのシーンね。あんなに歌ってることとストーリーがリンクして、あの多幸感あふれるポップサウンドがマッチして、ってシーンはないよね。あそこで一気に涙腺が」

サ「ねぇ。ポップミュージックの世界には時に、あまりに純粋な魂の持ち主が現れるよね。でもその多くは死んでしまったりどっかに行っちゃったりして、一人の人間としては不幸な生涯を送ることになる、往々にして。そんななかブライアンってホントよく復活したよ、そんでまた音楽つくったからね、こんな素晴らしいことはないよね」

佐「そうだね。なんかもっと純粋にブライアンの音楽を楽しめばいいんだなって。例えば国道134号線を真夏に走りながら「I get around」がかかったらもう最高、言うことないよね。ブライアンって天才だなって改めて思い知ったんだけど、苦労して幸せをつかみ取ったあの生き方って、普通の人も勇気づけるものがある。やっぱり人ってひとりじゃ生きられなくて、誰かの助けがあってはじめて幸せになれるんだなって思ったよ」

サ「いい映画だったね」