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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

赤坂の話

佐「ということで」

サ「どういうこと!?」

佐「にわかに赤坂が気になってるんだ」

サ「あぁ、赤坂いいよね。どうなんだろう、改めての話になるけどさ、最近の業界人って赤坂で遊んだりしてるんかね?」

佐「さぁ、業界人じゃないんでよくわからんが、EBZ事件のあった西麻布とか、六本木とかその辺なんじゃない、最近の「夜の街」って。そういえば朝青龍事件があったのもその辺じゃなかったっけ」

サ「……名前を出すのがはばかられる例の集団の影が。なんだろ、いわゆる不良の質が90年代以降違ってきたことが大きいんじゃない? ストリート気質みたいのが入ってきたというか」

佐「そうね、ストリートの価値観って基本的に“Stay Young”じゃん。でも昭和の不良って背伸びっていうかガキでもいかに大人っぽく見せるか、みたいなことに血道を上げてる感じがする。赤坂にかつてあったナイトクラブ文化って、ホント大人の世界だよな」

サ「キャバレーミカドに、ニューラテンクォーター。ディスコならMUGEN。すごい世界だよね」

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佐「うーん、たまらん。やっぱり赤坂の地理的条件ってのが大きいと思うんだ。まずはテレビ局。TBSのお膝元ってことだけじゃなく、麹町の日テレ、曙橋のフジテレビ、それから今もだけど六本木のテレ朝、昔はNETか、そんで渋谷のNHK。それらのちょうど中間に位置するというか、移動の動線に引っかかるのが赤坂なんだよね。だから芸能人とかが集まりやすい。そんで赤坂周辺には大手から中小まで広告代理店が密集しているのも業界人需要を支えたんだと思う」

サ「中間地点っていうのは要因としてデカいと思う。今ってさ、中目黒界隈が結構そういう感じじゃない。それって汐留とかお台場、天王洲なんかの湾岸エリアと都心の動線上に位置しているのが原因だと思わない? 同様に芸人ってやたら五反田が好きだけど、あそこもそうなんだよ」

佐「山手通りに沿ってね。でもそこ、こないだ首都高が湾岸線と通じちゃったから意外と今後はわからないぜ。首都高のっちゃって大橋JCTまであっという間だからね」

サ「加えて赤坂の地理的要因として、永田町がお隣ってこともデカい。喧騒を外れると黒塗りのハイヤーが居並ぶ料亭街だもんね」

佐「料亭街と言えば新橋とか神楽坂が有名だけど、あの辺は店(たな)の旦那衆が上客でさ、いわゆる花柳界の風情だよね、チントンシャンみたいな。でも赤坂の料亭ってのは、政治家の密談とかフィクサーの暗躍とかそういう感じ。もう“先生”みたいな、よくわかんないんだけど絶大な実力者に謁見する場所」

サ「芸能界と政財界の接点っていうのは、地理的条件からしてそうなんだよね。だから昔の新宿におけるフーテン文化とか、90年代渋谷のストリートとか、そういうモラトリアムな若者が主役ではないのが赤坂文化の特色かも」

佐「すでにこの日本社会において何らかの地位とか影響力をもった人間が集う場所。そこで欲望をストレートに発散するのではなく、駆け引きとか騙し合いをしながら交流するんだろうね」

サ「そういったわけのわからないメカニズムとか魑魅魍魎、まぁよく話に出るけどキューブリックの『アイズ・ワイド・シャット』の世界ですよ、世の中ってそういうものが動かしているんだという感覚ね、それが赤坂には似合うし、あの街の昭和感ってそこから来てるんじゃないかな」

佐「なんていうか、ゼロ年代以降ってなんでもディスクロージャーが正義じゃないですか。情報を透明化してネットに上げるフラットな世界。クラウド・ファンディングみたいな手法って、昭和カルチャーではありえないと思うんだよね」

サ「金の話を天下に向けて堂々と開陳してるわけでしょ。そこを料亭とかナイトクラブで密談するのが昭和だもんね、あり得ないよ」

佐「どっちがいいかって話じゃないんだけどね。でも思うんだけど、情報もそうだし物の流通もそうだけど、できるだけ中間を省いて作り手とユーザーがつながるとか、情報をオープンにして根回しを省略するとか、合理化がどんどん進んでるわけでしょ。果たしてそれが社会や文化において成熟と言えるのかどうか、疑問なのよ」

サ「ああ、それはおれも思う。日本が歴史上もっとも成熟した文化を持っていたのは江戸期だと思うんだけど、江戸時代ってとにかく回りくどいというか、ワンストップで物事が完結しないよね。すべてのことに○○屋が存在するというか」

佐「そうそう、完成品文化じゃなくて部品文化。究極の分業体制というか、中間財を取り扱う人が異常に多いんだ。だから一個のモノ・サービスに関わるステークホルダーもやたら多い」

サ「例えば芸妓が仕事をする場合ひとつとっても、手配関係から装束関係から籠屋まで多種多様な職業的プロフェッショナルがそこに関連してくるという」

佐「やっぱり鎖国体制の中、内需で国を回していくしかないじゃない。だとすれば物事を回りくどくすればするほどそこで飯の食える関係者は増えていくわけで、ある意味合理的な発想に基づいて非合理化が進展していったと思うんだ」

サ「そして昭和にも、そういった回りくどさとか多重的なプロセスを求める文化がまだあったと思う。いわゆる昭和的なものがどんどんなくなっていったのって、政治レベルでは構造改革とか規制緩和が言われ出してみんなでフェアに競争しましょうって社会に転化した時だし、民間レベルではIT革命とやらで全ての情報がフラット化された時だよね」

佐「世の中の特定の階層とか集団が決定権を握っている社会はどう考えても不健全だけど、それと世の中が上手く機能しているかどうかは分けて考える必要がある。そして文化というものが“余計な物事”に付随して発展するのだとすれば、ある種の非合理性が文化の母体として不可欠なんだ」

サ「相撲の世界ってさ、今も独特の習慣が残ってるじゃん。チケットはお茶屋から買うというね、相撲茶屋ってなんだよ、ローソンチケットじゃないのかよというね。あれも合理性でいえばわけわからんけど、相撲文化を形成する不可欠の要因なんだろうね」

佐「……なんか話がデカくなってきたな。ともあれ、赤坂にはそういった昭和の文化の残り香みたいなものが今も感じられるよね。今度飲みに行ってみるか?」

サ「うーん、ドキドキだね。ま、ショットバーみたいなもの結構あったし、ちょっととトライしてみたいよね」