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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

ceroショックその後

サトー「さて、というわけで……」

佐藤「あれ? ADじゃないの?」

サ「うるさいなぁ、つなぎだよつなぎ! ADが登場するまでこうやって間をもたせておくんだよ」

佐「なるほどね。ところで君、なんか前回書いてたけどずいぶんceroの新譜にヤられてるんだって? なんかメンバー各位にも『もうギタポとかフォーキーとか言ってる場合じゃねぇ!』っていう脅迫状みたいなメール送りつけたとか」

サ「そうなんだよ、ホント衝撃でさぁ、ceroショック。今まで自分がやってきたことって何なんだろうってもうバラバラになっちゃったよ。やっぱりグルーヴがない音楽って聴いててツラいじゃん、それは薄々感じてたことなんだけど、ceroによって見事に白日の下にさらされたというか」

佐「ceroの新作『Obscure Ride』の音楽的な位置づけについては、こちらの記事などが参考になるかと思います」

ceroがもたらした衝撃とは何か 日本のポップミュージック史のなかに新作を位置付ける - Real Sound|リアルサウンド

サ「……お前、それ言いたかっただけだろ! ま、いいや、でね、ceroに触発されて最近はさらに黒い音楽ばっかり聴いてるんだ。やっぱりこれ聴かなきゃのロバート・グラスパーとか。この曲とかホントかっこいいよね」

佐「うわぁ、イントロだけでもう。これ、曲は割とスタンダードなやつだよね、コルトレーンとかもやってた」

サ「うん、グラスパー自身ジャズ畑の人だし、レーベルはあのブルーノートだしね。あとはやっぱりディアンジェロ。だいぶ前にもディアンジェロについては取り上げたけど、あんときはよくわからんって感じで。でももう一回、ちゃんとD様を聴いてみようかと思うんだ」

佐「でもさぁ、こうやってceroを通じて今のブラックミュージックに行くってすごくいいことだと思うんだけど、同時に再評価されるべき日本の作品ってのもあるよね。例えば小沢健二の『Eclectic』がその代表で、あの謎のまま放置されていたアルバムが、ようやく音楽史に収まるというか。『Obscure Ride』によってあのアルバムの意味がやっとわかった感じがする」

サ「そうだね。それと図らずもダブルKOの片割れなんだけど、コーネリアスの1st『ファースト・クエスチョン・アワード』、あれってやっぱりすごかったんだってceroを聴いてて思ったよ」

佐「ああ、確かに。コーネリアスファンの間では、『69⚡96』以降のコンセプチュアルな小山田が小山田であって、最高傑作は『point』ってのが定説だと思うんだけど、あの1stもなかなか捨てたもんじゃない。すごくざっくり言うと、フリッパーズをよりグルーヴィーにした感じだよね」

サ「そうなんだよ、『レイズ・ユア・ハンド・トゥゲザー』とか『サイレント・スノウ・ストリーム』とか、日本語ポップスとしてのグルーヴを追求してると思うんだよね。今ここで再評価されるべき作品じゃないかと」

佐「たださ、詞が残念なんだよね。小沢っぽいというか、小山田の資質とは明らかに異なることをやってる迷走感がある。だからさ、ceroは日本語としてのリリシズムも確立してるじゃん、偉大な先輩二人の意志をそれぞれ継承している感じがするよね」

サ「そんでね。またいつものが始まったよって呆れられるかもしれないけど、やっぱりポップスにおけるグルーヴとリリシズムを追求していった先にはさ、スティーリー・ダンという不可侵の領域が見えてくるんだよね。おれ改めて、この道の先には『Aja』があるって確信したよ」

佐「最近君、『black cow』のギター練習してるもんな。うん、SD道を行くものはさ、必ずブラックとジャズの関所を通過しなきゃいけないんだよね。ロックはR&Bとジャズによって洗練されるわけだから」

サ「……ところで、ADまだかな?」

佐「まぁそう急かすなよ、また“パリパリ気質”って言われちゃうぜ」

サ「ということで皆様、ADから重要な告知がありますので今しばらくお待ちくださいませ」