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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

肯定されて肯定したい

ライブ、そっかまたライブやるのかぁ、うん。

そんな気持ちが日増しに高まって、どんな感じにしようかな、そもそもどんな曲を準備しようかな、などと考えて過ごす今日この頃。

日曜日は素晴らしい陽気に恵まれたなか、いつものように多摩川を走っていたのですが、土手の坂道をきゃっきゃと騒ぎながら自転車で駆け上がる制服のお嬢さん4人組が登場、走る私の前を春の風を受けながら進む彼女らが妙に眩しく思えて、「あぁ、青春だなぁ」と思い、そんな彼女らのキラキラ感にあやかろうと走るペースを上げてみたのですが、画的には女子高生集団を追いかける変態みたいでマズいなと自主規制も作動した春の日でした。

 何度も書いていますが、私のランニングのコースは都内とは思えない、いや、都会ならではの緑と自然あふれる素晴らしい環境で、春夏秋冬毎週末走っているのですが、間違いなく今が一番いい季節です。

 

私にとって走る時間は、日々起こるいろんなことを、桜えびとか昆布を天日干しするかのごとくいったんお日様の下に広げ、もう一度各々をじっくり眺めたうえで、自分の中のしかるべき場所に整理整頓して収納するための時間とでもいいましょうか。

その作業の中で、「いついつまでにあれやらなきゃ」という現実的リマインダを促されることもあれば、「あれはひょっとして後々重要なことになるかもしれない」と付箋を立てておいたりと、結構実務的なことをやっているのです。

あと、音楽を「聴く」時間としても、ランニングってのはかなり重要。

といってもipodを持ち出しているわけではなく、頭の中で曲を再生してそれを聴くことで、いままで気づかなかった魅力とか構造とかがわかってくる。

その場合って「今日はこの曲にしよう」と能動的に決めるのではなくて、勝手に再生される曲を聴くことになるのですが、決して普段から好きな曲ばかりではなく、意外なところがチョイスされて自分でも「へぇー」みたいなのが結構あったりします。

 

そして何より、ランニングが私にもたらしている最大の効用は、心身ともに健康でいられるということ。

このうち「身」については、ちょっと頑張りすぎて膝とか股関節が痛くなることもしばしばあるので疑問符が付くのですが、「心」については、疑いようもなくその健全さに貢献している、ていうか走ることによって私は心の健康を保っています。

 

四季折々の自然を駆け抜ける最中に私が感じるのは、圧倒的な「自己肯定感」です。

それは、「俺様最高!」とか「世界は俺のものだ」というナルで夜郎自大なものとは全く別の、「自分はこの世界の一部に含まれている」「この世界には自分の居場所がちゃんとある」という肯定感です。

 

ふつう、人間やっていますと、自分の思い通りに事が運ぶなんてことはまずなくて(思い通りになったら幸せなのか? とも思う)、とにかく私たちは、日々悩んだり迷ったりしながら生きています。

しかしそういった苦しみと格闘することは同時に生きる喜びにもなるわけで、とにかくいろんなものと向き合いながら、昨日から今日へ、今日から明日へなんとかやっていくしかない。

そこで重要なのが、心の咎(とが)に自分が乗っ取られていやしないか、ということだと思うんです。

悩んだり迷ったりは当然あるとして、それでも前に進んでいく力がないと、僕たちはすぐに腐ってしまう。

その「進んでいく力」の源泉として、私は先に述べた「自己肯定感」を必要とします。

どんなことがあっても、自分はここにいてもいいんだという安心感。

私はそれによって心を健康に保つことができ、健康であることによって、少しは世の中に何かを働きかけることができると思っています。

 

「自己肯定感」は得てして、他者との比較という尺度が入った相対的概念に入れ替わってしまいがちです、学歴とか地位とか。

でもそれは、巡り巡って自分を損なうものでしかない。

だって相対的自己肯定感に拠って立つ人って確実に権威主義者として他人から嫌われるし、価値変動的なものに規定された精神に安らぎが訪れることはない。

そうではなくて、自分をこの世界の一部ととらえ、確実な存在として為すべきことと向き合うための絶対的な肯定感覚。

それこそが自分にとって必要なものであり、それはとりわけ、自然や街の中に身を置くことで感じられるように思います。

具体的な成功体験や絶頂感の中にではなく、圧倒的でやさしい何かに包まれているとき、私は言いようのない居心地の良さを感じるのです。

 

なんでこんな話をするのかというと、曲を作ってて一番感じるのが、この肯定感をなんとか形にしてみたいと思うからです。

単純にポジティブなことをうたうのとは少し違う、こんがらがった日々の中で前に進むような力をもった曲、そんなのが聴きたいし、できれば作りたい。

そしてあたらしい仲間と一緒に、みなさんの前で演奏できたらいいなと思います。