布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

傘にmt

週の始めから二日間も続いた雨がようやく上がった。

か、と思うと、予報によれば今日もまた雨風が吹きつける天気に豹変するらしい。

やれやれ。

異常気象という言葉はもはや、何が異常なのかよくわからなくなっている昨今だから、もうすでに梅雨入りしているとか言ったらさすがに驚くけど、4月が雨で塗り込められたとしても、そういうこともあるのかと思うだけだろう。

ただ、新緑が芽生え風薫る5月の分だけは、晴れ間を確保しておいてほしいと願うばかりだ。

 

何事も上には上がいるから、「無類の」という言葉はそうそう簡単に使えるものではないが、僕は「モノ好き」ということではなかなかの線、小程度のキチガイくらいと自称してもよいのではないかと思う。

車に始まり楽器、釣り具、自転車といった趣味のモノから身に着けるモノまで、「これはね、○○といって……」という薀蓄付きのモノを買い集めることに、これまでどれだけの情熱と(絶対値ではなく収入に対する割合という意味での)お金を費やしてきたことか。

 

そんな僕がこれまで、まったく「いいモノが欲しい」と思わなかったのが、傘である。

 

まず第一に、世の中の大多数の人がそうであるように僕も雨が好きではないので、傘には積極的な情熱が抱けない。

だからこそちょっとでもテンションが上がるように……という考え方もあろうが、そもそも憂鬱なシチュエーションに対処するための道具に対し、こだわりとか所有感を持つことがどうしてもできない。

そして傘は、かなりの確率で紛失してしまう、というのも大きい。

どんなにいい傘を買っても、目まぐるしく変わる天候のもとで生活せざるを得ない僕らには、スポッと抜けるように傘の存在を忘れてしまう瞬間が、必ずある。

そして傘が宿命的に宿す取り違えのリスクは、これが赤ん坊だったら許されないことだけど、社会生活を送る上ではある程度甘受せねばならないものだ。

最後に何より、僕は工業製品としての傘を評価していない。

いつも言ってることだけど、傘ほど期待される機能を満たすことができていない道具はない。

どんなに高級だろうが、直径が大きかろうが、傘を差して歩くとき、完璧に濡れないということはあり得ない。

場合によっては傘からの雨だれで余計に背中が悲惨なことになるし、そもそも腰から下に対する傘の恩恵は無いに等しい。

それなのに何百年も基本形態を保ち、今後もイノベーションが起きる可能性が限りなくゼロであろうそのあつかましさ!

もしかしたらこれが、傘に対して思い入れを抱けない最大の要因かもしれない。

 

だから僕は、世の中に高級傘やブランド傘があることを知りつつも、それらには食指を伸ばさず、コンビニのビニール傘を買い継いでいるのだ。

 

以前の話。

渋谷のたまに行くつけ麺屋を出ようとしたところ、入店時には降っていなかった雨が、これから出ていく街を濡らし始めた。

「もし傘をお持ちでなければ」と店の人が気を利かせて持ってきてくれたのは、誰かがこの店に忘れていったであろうビニール傘だった。

たぶん、今僕が直面しているのとまったく逆の状況――雨に濡れながら店に入り、つけ麺を食べて、雨上がりの街に出ていった――で、持ち主はこの店に傘を忘れたのかもしれない。

そう思うと、なんだか傘は街の共有財産みたいに感じられ、ビニール傘の無個性ぶりがかえって、その公共性を際立たせている気がしてきた。

「こうやって人の手を回っていくのが、傘のあるべき使われ方かもしれないな」と思った僕は、遠慮せずにその傘をもらって雨の渋谷に出ていった。

「傘なんてどうでもいいや」と思っていた僕は、どうでもいい物なりの使い方が見えてきたようで、少し気分が良くなった。

 

雨の多い季節だったのだろうか、それからしばらく、僕は「つけ麺屋のビニール傘」を持ち歩いた。

使っているうちに、この傘がある特徴をもつことに気付いた。

取っ手のところに、緑色のビニールテープが一周巻いてあるのだ。

これは多分、前オーナーが目印のために付けたものだと思われるが、会社やお店の傘立てで、存外この目印は役立った。

同じような傘の群れから自分の傘を探すときはもちろん、取り違えられることがなくなったのだ。

「つけ麺屋のビニール傘」が僕の手元にあったのは、歴代のビニール傘からは考えられないくらいの長期間だったように思う。

それでも、何回かの雨と晴れの繰り返しを経て、いつの間にか、取っ手に緑の目印があるその傘はなくなっていた。

 

次に雨が降ったとき、僕はコンビニで新しいビニール傘を買った。

買ってすぐ、会社の机の上にあったマスキングテープを、取っ手にぐるぐると巻いた。

「つけ麺屋のビニール傘」は控えめに一周だけだったから、豪勢に何周も巻き付け、さらなる長寿への祈りを込めた。

するとどうだろう。

効果はてきめんで、あの最長不倒だった「つけ麺屋のビニール傘」を超えて、mt傘は活躍し続けた。

結局、(たぶん)楽しく飲んだワインバーの店先に置き忘れて僕の手元を離れることになったのだが、mt傘は間違いなく歴代最長寿のビニール傘となったし、その「最期」に思い当たる節があるというのも、今までにないことだった。

マスキングテープを巻いたビニール傘は、単なる目印性能に優れているだけでなく、僕にいくばくかの思い入れを持たせる初めての傘だった。

「つけ麺屋のビニール傘」からアイデアを拝借して巻いてみたのがマスキングテープだったことで、思いがけず愛着が乗り移ってしまったのだ。

 

つい先日の帰りしなの雨に買った現行ビニール傘にも、買ってすぐにマスキングテープを巻き付け、二代目mt傘としてのキャリアをスタートさせた。

今度の傘は70センチの大型だから、濡れない性能も従来比でダントツに高い。

二代目がこれまでの最長不倒を更新してくれることを願いつつ、思いがけず雨の多い4月に持ち出している。

ここにきて傘への思い入れを覚えた僕は、かといってちゃんとした傘を買ってみよう、という方向には決していかないだろう。

最長不倒を願うとはいえ所詮ビニール傘、その寿命は短く、栄華は儚い。

いくら取り違えがなくても、強風一発で再起不能になることだってあるだろう。

せめて僕の手元にある間だけは、好きなマスキングテープで飾って愛でてやり、天寿を全うするか、初代のように公共財としてリリースするか、その日まで大切に使おうと思う。