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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

創造と批評

つい先日、あるライブを観たんです、ワンマン公演の。

昨今、ミュージシャンがプロなのかアマチュアなのかという区別はわかりにくくなっているのですが、従来の概念にあてはめればその人はアマチュアなのかな。

あ、でも、私はその人のことは何も知らないし、それは個人的にってことはもちろん作品も、というか存在すらそこに行くまで知らなかったので、その人が何で生活を立てているのかなんて全くわからない、だからアマチュアっていのうのは(場合によっては)失礼なのかも。

まぁ、要するに少なくともメジャーで出してるようなケースじゃない、ってことで。

 

やっている音楽はね、もう素直にすごいと思った。

ジャンルというか種類はざっくり言えばロックなんですが、いろんな音楽の滋養が感じられて、広く深く音楽好きな人なんだろうな。

すごいロックの原初的なエネルギーとかかっこよさみたいなものもありつつ、相当に練り込んだアレンジとかリズム。

その凝り方っていうのもコード進行とかメロディみたいに譜面に現れる感じじゃなくて、音の構築というかサウンドスケープそのものが練ってある感じで、すっごく雑駁にいっちゃうと、ポップスじゃなくてプログレの構築感とでも言おうか。

 

そして何より、その方は男性でまだ20代だと思いますが、かっこいいというかカリスマ性がある。

といってもナルとか耽美方面じゃなく、どっちかっていうとアングラ的というかストリート系なんでしょうけど、まぁロックスターって感じですよ、うん、ロックスター。

そのライブは一人弾き語り→大勢で弾き語り→4ピースバンド編成→大所帯バンド編成という流れで、その見せ方も見事なんですが、そのいずれの場面でも彼はもうすごいんですね、圧倒的パフォーマンス。

それで出てくる仲間のミュージシャンもみんな手練れで、またプロアマ問題に戻っちゃうけどわかりやすいので当てはめると、皆さんプロレベルの演奏力の持ち主でした。

 

さて。

私はですね、まぁそこにつながるきっかけはあったものの基本知らない人(たち)だし、苦手なハコ(ベッタベタのライブハウス)だったので、後ろのほうでまんじりともせず眺めてたわけですが、決して楽しくないというわけではなく、むしろ前述したように圧倒されていたわけで、純粋にいいライブを観たな、と。

と同時に、私も音楽をやっている身として、いろいろ思うところがあった、というかそんな控えめな感じじゃなくてめちゃくちゃあった。

自分の好きな音楽、まぁ私だったらポップスですね、そういうのではまったくない音楽に触れての他流試合的な刺激というより、むしろ音楽をやる姿勢というかその辺の暑苦しい話の部分でいろいろと。

 

別にこれディスってるわけじゃないんですが、その彼は天才ですよ間違いなく。

でもよくいる天才なんだろうなって思った、特に中央線界隈に。

そんで彼がやりたいのは芸術なんだろうなと、音の芸術。

じゃあ自分は何がやりたいんだろう、って思ったら、少なくとも芸術じゃないな、というか創造ですらない。

うん、おれがやりたいのって批評なんだ。

それは何か文章を書いてレビューするってことじゃなく(まぁそういうのもやってるけど)、オリジナル曲作って盤にしたりライブやったりしてもやっぱり批評。

これ別にどっちが偉いって話じゃなくね、その人の音楽観の違い、いや音楽に限らずモノの見方すべてかもしれない。

笑いに例えるとわかりやすいからそうするけど、僕やっぱりリズム芸とかメタ要素のない一発ギャグとかは笑えなくて、発想、もっといえばツッコミこそが笑いだと思うんですね。

無から有ってのじゃなく、有から有2.0みたいな感じ。

そんで天才になりたいとか(もうこれ語義矛盾だよね)、天才であらんとする、みたいな指向性ってまるっきりねぇな、と。

というか普通の人でありたい、「よくいる天才」じゃなくて「普通の面白い人」になりたい。

中央線のカリスマ天才芸術家じゃなく、小田急線のちょっとセンスがいい普通の人、がいい。

 

なんかこれ、アツくやってる人に対してクールテイストのナナメ系のことを言っちゃう嫌な奴、みたいな話にも聞こえるな、構図的に。

あ、そういえば佐藤タイジが昔、『player』誌上でオザケンの「犬キャラ」を厭世的だってディスってるのを思い出したぞ、あれと類型的かも。

そう、佐藤タイジオザケンにかみついてるのって私にとってすごく象徴的で、二人のルックスの対照性からしてそうでしょう、なんかもうおれすげぇ自分のことみたいに感じたんだその時。

ちなみに言うと、ライブにおける天才の彼は「DOPE」って書いたキャップをかぶりキリストの顔が全面にプリントされたTシャツを着てたな、ガタイのいいヒゲ面で。

私は先日のライブ、クレリックのスタンドカラーシャツに(あれいいでしょ)、アンクル丈のコットンパンツ、足元はバレエシューズという格好で臨んだ、そんで安定の痩身とさらさらヘア。

いや、ケンカ売ってるんじゃないよ、ただ僕は佐藤タイジじゃなくてオザケンが好き、ってだけの話。

 

じゃあお前は何が楽しくて音楽やってんの、そこに情熱はあるわけ?って佐藤タイジ風の熱い(暑い)人に言われたとしたら、まぁ言われるわけもないしその手の人とは関わらないようにしてるんで被害妄想に近いんですが、情熱……あるかな、ある!

それはですね、メンバーとスタジオに入るとか、ライブに来てくれた友達と話すとか、そのために曲を作るんだ、という情熱。

子どもの頃友達のとこに遊び行くのに持って行ったゲームボーイとか、主婦が井戸端会議に持ち寄るお茶菓子とか、私にとって曲とはそんな感じ、人と会うための・楽しむための手土産以上でも以下でもない。

でもやっぱり、ちょっとでもウケのいい土産がいいと思うし、それを用意するためにはそれなりの技術とか工夫も要るわけで、そこに情熱はある気が、……する。

 

っておれ、何アツくなってるんだろう。

嫉妬してんのかな? まさか。