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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

「ノルウェイの森」再び対談

佐藤「ちょっとちょっと、あの話しようよあの話!」

サトー「なんだよもう、これからヒカキンのチャンネル観ようとしてたのに、ってのはウソだけど」

佐「なんかさ、『ノルウェイの森』について話し足りなくない?」

サ「君いつまで引っ張るの? と言いつつ僕もまだ語りたいことは山ほど。やっぱ圧倒的に面白いもんね」

佐「でね、今日はあの物語を読み解くのに“信頼”って言葉を用いたい。あれはね、人間同士はどうやって信頼関係を築くのかって話で、実際そのための決定的なシーンがいくつも丹念に描かれているんだ」

サ「代表的なのが、緑がワタナベをお父さんが入院している病院に連れていくシーン。あそこでのワタナベくんってさ、異常にカッコいいよね、もう惚れ惚れする手さばきの」

佐「緑はさ、単純に自分の親とワタナベがうまくやれるかなんて通俗的なテストをしてるわけじゃない。彼女は自分の父親を、父親としては完全に機能していない駄目な存在だとして認めていないけど、人としては信頼している。そんな自分の信頼している人間とワタナベが対峙したときどうなるか、そこに流れる空気とか自分のバイオリズムの変調とかを本能的に知りたかったんだろうね」

サ「そして自分の置かれているタフな状況をさりげにワタナベに伝えるのも彼女らしい。口先では大変アピールをしているけど、彼女はそれで同情を買おうとかそういうところが一切なくて、きわめてプラクティカルに瀕死の父親と向き合ってるんだね」

佐「でさ、ワタナベがまた緑以上にプラクティカルな手さばきを見せるでしょ、やっぱりあれってさ、ワタナベくんの人間観がよく出ていると思うんだ。相手の立場じゃなくて人間そのものの発する空気感を彼は重視してて、ていうかそれしか信じてなくて、緑の父親にある種の親密さを感じたから相応の振る舞いをした、それだけなんだろうね」

サ「緑がなんでワタナベのことをそこまで好きになったのか、その理由がまったく間接的にだけど余すところなく描写されたシーンだよね。そんでさ、その後緑とワタナベが久しぶりに会うシーンでさ、ワタナベは直子のことで頭がいっぱい、心ここにあらず状態なわけじゃない。そこで緑がワタナベに渡した手紙、あれがまたいいよね」

佐「『ノルウェイの森』にはいろんな手紙が出てくるけどさ、あれが最高だよな、もう泣いちゃうもん。あの手紙には緑のワタナベに対する愛の深さだとか、女の子としての率直な思いだとか、二人の関係の微妙さとか、全部表現されているよね」

サ「じゃあさ、緑の台詞で好きなのを挙げてみようか。僕はこれだね。

それから私に何をしてもかまわないけれど、傷つけることだけはやめてね。私これまでの人生で十分に傷ついてきたし、これ以上傷つきたくないの。幸せになりたいのよ

これさ、傷ついたことをトラウマにしてそこに入り込んじゃう人って多いじゃない? 言えば直子がその典型だよね。でも緑はさ、そこを自分の拠り所としないわけ。傷ついた私を慰めてくれ、っていうんじゃなくて、これからは幸せになるんだという希望ね。これすごくストレートで響くんだ、本当の意味での前向きさを感じるよ」

佐「うん、緑の強さがよく出た台詞だね。僕はこれかな。

あなた頭おかしいんじゃないの? 英語の仮定法がわかって、数列が理解できて、マルクスが読めて、なんでそんなことわかんないのよ? なんでそんなこと訊くのよ? なんでそんなこと女の子に言わせるのよ? 彼よりあなたの方が好きだからにきまってるでしょ

もうさ、江戸っ子の面目躍如、緑のはすっぱな性格がよく出てるよね」

サ「彼氏と別れた緑に『どうして?』と尋ねるワタナベもらしいよね、とんちんかんに浮世離れした感じが」

佐「緑はさ、さっき強いって言ったけど、ここは『靭い』って漢字をあえて使いたい。なんかそんな感じの人だよね」

サ「直子は直子で魅力的なんだけどね、やっぱり僕は緑が好きだな。彼女のシンプルな“行動規範”ってさ、J-POP風のポジティブシンキングとも、今様のソーシャルな意識高い系とも違ってさ、なんか底が入ってるよね。それは彼女が若くして両親を亡くすという経験を通じて獲得したものかもしれないけど、基本的なものの見方がやっぱり独自なんだよ。自分の目で見て耳で聞いたものしか信用しないというね」

佐「その部分はワタナベと似てるよね。それで信頼って話に戻るとね、ワタナベは永沢さんのことを信頼してたと思う?」

サ「いや、してないでしょ、現に『心を許すまい』って言ってるし。もちろん永沢さんの魅力とか凄みを砂かぶりで感じていたのはワタナベだし永沢さんのことが好きだったと思うけど、変な人とか、もっといえばかわいそうな人くらいに思ってたんじゃないかな」

佐「でもさ、永沢さんはワタナベのこと信頼してたよね。あの唯我独尊の俺様な永沢さんがさ、ワタナベに対してはどっか片思いなわけで、そこがたまらなくキュンとくるんだ」

サ「永沢さんは他人に絶対に弱みを見せる人じゃないけど、ワタナベには永沢さんの弱さみたいなものが見えてて、そのことは永沢さんもわかってたからワタナベを大事にしたんだろうね」

佐「あれだけ隙のない人間でありながら、ワタナベを彼のそばに配置するとどっか悲しくなってくるのよね。結果的にワタナベは永沢さんを絶交するわけだけど、あれはどうしてだと思う?」

サ「永沢さんの別れ際の忠告、『自分に同情するな。自分に同情するのは下劣な人間のやることだ』ってあるじゃない、あれってワタナベには相当深く響いたと思うんだ。そしてその言葉が、ひょっとしたらワタナベを死ではなく生、つまり直子でなく緑に向かわせたものの一つかもしれない。なのにハツミさんが自殺して、永沢さんはそのことで自分に同情しちゃうんだよね。それがワタナベを失望させたんじゃないかな」

佐「そのキャラ最後まで貫けよと。あんたナメクジ3匹飲んだ人じゃないかよと。そうだね、永沢さんともあろう人が、最終的に自分に同情しちゃったんだよね」

サ「ワタナベってのはさ、やっぱり不安定ながらも最終的には自分のことを信じてる人間だからさ、その辺恐ろしくフラットにものが見えるんだよね。緑のスーパーリアリズムほど元気はなくても、やっぱり彼は惑わされないんだ」

佐「そしてレイコさんとワタナベの信頼関係についてだけど、あれはやぱり『阿美寮』に最初に行ったとき、レイコさんがなぜ自分がこうなってしまったのかをすべてワタナベに語ったというのがポイントだよね。なぜレイコさんは初対面のワタナベにすべてを語ったんだろう?」

サ「まぁ直子から事前にいろいろ聞いて、信頼できる人間だと思っていて現に会ったらそうだったってことだろうけど。もっと言うとね、直子を救いだすためにどうしたらいいかわからなかったと思うんだレイコさんは。それで一人じゃ無理だから、ワタナベと手を組んでいこう、そのためにはワタナベと心胆照らしあう関係にならなきゃ、ということじゃないかな」

佐「そしてレイコさんも、いつかは現実世界に戻っていかなきゃいけないとどこかで思っていたんじゃないかな。それは直子を救うプロセスの中にあると思い、ワタナベの力も借りて、自分も一緒に救おうと思ったんだよ」

サ「そう考えるとさ、物語の最後、ワタナベのアパートで“葬式”を済ませてからのくだりが少し理解できる気がする。やっぱりレイコさんもワタナベも、『直子的なもの』を振り切るためにお互いの力が必要だったんだろうね」

佐「なんかとりとめもなく語ってきたが、いくらでもこの調子でいけるな。最後に突撃隊のこと。彼がワタナベの新生活のスタートにあたって存在した意味ってとてつもなく大きいと思うんだ」

サ「『ノルウェイの森』に限らずさ、村上作品の登場人物って、まず生活をちゃんと送ろうとする人がほとんどじゃん。ちゃんと掃除したり料理作ったり、ルーチンをすごく大事にする。その原型が突撃隊との生活にあるような気がするな」

佐「まぁそれは小説のリアリティの話になってくるんで実際のところはよくわからんが、最初のルームメイトが突撃隊だったことは、ワタナベが彼らしく生きていくうえで結構キーになることかもね。そして2人の間にはそれなりに信頼関係があったとも思う」

サ「とにかくさ、こうやって人間同士って信頼関係を築いていくんだ、あるいは失っていくんだというのがいっぱい読めるのが『ノルウェイの森』って作品だよね」

佐「そうだね。あれは確かに青春小説かもしれないけど、もっと普遍的な、人間にとって大切なことがたくさん書いてある小説だよ。また何年後かに読み返してみたいもんだね」

サ「意外と近いかもよ?」

佐「そう? ま、定期的に永沢さんブームも来ることだしね。とにかく面白い本だよ」