布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

徳さんのこと

お久しぶりです、サトー@まくらことばです。

ちょっと先週は時間がとれない日が多く、更新が滞ってしまいました。

そんな中でも前に少し述べた短歌は相変わらずやっておりまして、日によって出来不出来があるなぁと思いつつ、楽しく継続しております。

 

さて、週末土曜日、非常にショッキングなニュースが流れました。

自動車評論家の徳大寺有恒さんがお亡くなりになったとのこと、74歳だったそうです。

私が大のクルマ好きであることは折に触れて申し上げてきましたが、そんな私を決定的にかたちづくったのがこの徳大寺先生であり、自動車のみならず、ものの見方や生き方に至るまで、多大な影響をこの人から受けてきました。

徳大寺さんといえばベストセラー『間違いだらけのクルマ選び』があまりにも有名で、これほど成功したシリーズもの書籍というのもあまりないと思うのですが、『間違いだらけ~』のみならず、雑誌『NAVI』を中心に様々な媒体で活躍されており、亡くなる寸前まで現役バリバリなご様子を目にしていただけに、突然の訃報には驚きを禁じ得なかったのです。

 

間違いだらけのクルマ選び』はそのタイトルからして自動車購入の際の指南書という印象を受けますが、実務的な情報(値引きはどうだとか下取りはどうだとか)はほとんど皆無、全編が徳大寺節の自動車批評で構成されていました。

徳さん(親しみを込めてこう呼ばせていただきます)は「輸入車絶賛・日本車酷評」の評論家と思われがちで、実際そのような側面もなくはないと思うのですが、決して偏った価値観の持ち主ではなく、彼なりの批評眼を通してみれば、日本車はまだまだ輸入車にかなわないということが論理的に書かれていました。

徳さんはそもそも、クルマをただの工業製品ではなく、人生を彩る文化であるととらえており、文化である以上、クルマ選びには自分なりのライフスタイルが必要であると考えていました。

この考え方は、たとえば地方在住で日常の足としてクルマが不可欠なため軽自動車に乗っている人などにはまったくピンとこないものでしょうし意味のない考え方だと思いますが、クルマというものがそもそも、人間の根源的な欲求である「移動の自由」を実現するものであり利便性以前に欲望を満たすものであると考えた場合、私はやはり、クルマを選びそれに乗る行為には、文化的活動という側面もあるのではないかと思います。

だから間違いだらけのクルマ選び』は、自動車論を超えて社会論、文明論の域にまで達していたのではないでしょうか。

 

私が初めて徳さんの文章に触れたのは小学校4年生の頃、同じくクルマ好きのクラタトシオくんに勧められてのことでした。

当時はまだクラスに2~3人は自動車少年が存在していて、中でもクラタくんと私はかなり重度、国道の傍に立ってずっと車種名を言い当てているような少年でした。

趣味の本として手に取った『間違いだらけのクルマ選び』は、図らずも私が生まれて初めて読んだ大人向けの一般書籍でした。

小4の私にはわからない言葉がたくさん出てきましたが、好きこそものの上手、知らない言葉も乾いたスポンジに水が染み込むように覚えていきました。

そして「何が書いてあるか」がわかるようになってくると、次第に「どう書いてあるか」という部分に魅せられるようになってきたのです。

数多いる自動車評論家の中で、その評論内容はさておき、自分のスタイル・自分の文体を確立している人はほとんどいませんが、徳さんの文章は、それがどのような媒体に載っているものであれ、予備知識なく読んでも「あ、徳さんの文章だ」とわかるものでした。

彼が自動車評論家の枠を超えてファンを獲得したのも、ひとえに文筆家として非常に魅力的な存在だったからでしょう。

私にとって徳大寺有恒は人生で最初に出会った作家であり、決定的な影響を受けた存在なのです。

 

徳さんは古今東西様々な車を愛しておられましたが、とりわけイギリス車がお好きのようでした。

イギリスを代表する高級車といえばジャガー(徳さんは「ジャグァー」と表記する)ですが、このジャガーに対する徳さんの卓見は、クルマに興味のない方でも知っておいて損はありません。

このあたりは『ダンディー・トーク』という本に書かれているので、そこから紹介します。

 

……徳さんはジャガーを「ジェントル」と形容します。

では「ジェントル」とは何か。

イギリスにはジェントリー階級と呼ばれる人たちが存在しました。

彼らは18世紀から19世紀にかけて地方で力を蓄えた新興地主層のことで、経済的にはかなりの力を持っていたものの、貴族階級ではありません。

ご存じのようにイギリスは徹底した階級社会なので、彼らはどう逆立ちしても貴族にはなれない――そこで彼らは「精神の貴族」を目指したというのです。

 実際の貴族以上に趣味がよく、知的で、優雅な振る舞いのこなせる人間として、自己を鍛えあげていった。

こういったジェントリー階級の振る舞いが、「ジェントル」「ダンディー」という形容を生んでいったといいます。

そして話はジャガーに。

 ジャグァーは、決して今日のように、高級車として認めてもらえるクルマではなかった。いや、 『クルマ』 ですらなかった。サイドカーだったのである。

ジャガーはそもそも、1920年代に創業者のウィリアム・ライオンズ青年がオートバイのサイドカーを造るところから始まったメーカーですが、彼はサイドカー製造にとどまらず、ジャガーロールス・ロイスなどと肩を並べる屈指の高級車メーカーにまで育て上げました。

この情熱と姿勢に、ジャガーの本質があるというのです。

 もうお分かりだろう。ジャグァーがダンディーである秘密は、ジャグァーもまた “ジェントリー” であったからだ。つまり、貴族に憧れ、貴族以上に貴族たらんとしたジェントリーたちと同じように、ジャグァーは高級車に憧れ、高級車以上に高級車たらんとしたのである。

 

 ダンディズムとは、野暮から粋へ至るまでの、そのプロセスの中にあり、またプロセスの中にしかない。
 常に、いまだ中途半端な状態でしかないという意識が、逆に不断の緊張感を生み、美しい姿勢を保たせるからである。

いかがでしょうか。

自動車とは文化であるということが、少しおわかりいただけたのではないかと思います。

 

昨年末の大瀧詠一さんもそうですが、私たちの世代に決定的な影響を与えてきた人たちが次々と鬼籍に入る時代になってきました。

最近、私は人生の後半戦を前に、自分たちを作ってくれた人たちの教えを守り、少しでも近づけるような仕事(職業面に限らず)をしていきたいと思うようになりました。

それに必要なのは徳さんがジャガーを評したように、「不断の緊張感」の中で「美しい姿勢を保つ」ような生き方ではないかと思う、今日この頃です。

 

謹んで、徳大寺有恒先生のご冥福をお祈りいたします。