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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

「1984」

おはようございます、サトー@まくらことばです。

今朝はうるさい「中の人」はいないみたいで、穏やかな時間が流れています。

 

さて昨夜、久しぶりに思い立って読売ランド内にある「丘の湯」に行ってきました。

「丘の湯」はウチから最も近いスーパー銭湯のひとつですが、私が知る中では最も素晴らしいスーパー銭湯ではないかと思います。

設備の充実ぶり、湯加減、サウナの温度、料金、どれをとっても非常に高いレベルを誇るお風呂であり、いつも盛況で平日でも混雑気味なのはちょっと落ち着かないのですが、行けば必ず満足できるところです。*1

 

その丘の湯への行き帰り、いつものように車中ではiPodをシャッフルにして聴いていたのですが、改めて、「おれのiPodは最高だな」と唸ってしまいました。

当然ですが、私のiPodには私の好きな曲しか入っておらず、どこを切っても旨味があふれ出してくるわけで、久しぶりに一人で夜の街をクルマで流しながら音楽を聴くという経験があまりに気持ちよく、昨夜は少し遠回りして帰りました。

そうやって軽快に音楽を楽しんでいたところ、久々に聞き覚えのあるベースフレーズのイントロがかかりました。

一瞬「あれ、これ何の曲だったっけ」と迷ったのですが、ドラムとギターがそこに重ねられるとすぐに、これまでの空気が一変するような、高揚感の中に引きしまったものが沸き立ってきました。

「はっとする」瞬間は日常においてたまさか訪れるものですが、andymori「1984」が流れ出した瞬間というのも、まさにそうだと思います。

昨夜私は、改めて「1984」は正真正銘のマスターピースであり、小山田壮平は20年に一度の天才であるという確信をもちました。

 

わが敬愛する南田勝也先生は、『オルタナティブロックの社会学』のなかで、「1984」についてこう書かれています。

同曲の「ファンファーレと熱狂/赤い太陽/5時のサイレン/6時の一番星」というフレーズは、子どものころの風景を断片的な言葉で描写している。誰に強制されるわけでもない五時の門限の規範だけがあり、そこに疑問を感じながらも、否定する意味も動機もないのでそれに従う。その結果、美しい光景と心をざわつかせる何かが待っている。小山田は「この曲を作ったときは、自分の世代観について考えてたんです。オレはこうして二五歳になるまで生きてきたけど、なんで生きているんだろうって考えたときに、その理由を歌にしようと思って」と語っている。これは、虚無の果てに希望が生まれるポストロスジェネ世代の感覚を表現していると言えないだろうか。

そう、間違いなく「1984」は小山田壮平が自分の世代について、同世代に向けて書いた歌であるのです。

しかし私は、この(自分にとっての)新世代のアンセムに、大好きな曲の数々においても屹立していると感じるほど、心を動かされてしまいます。

ひたすら虚無から目をそむけ、やたら大仰な意味づけとか希望とか絶望とやらに身を預ける習慣をインストールされたロスジェネ世代の私が聴いても、「1984」は立ち止まらざるを得ない力がある。

それは、この曲が全方位的な訴求力を持っているのではなくて、ある世代をあまりに完璧に切り取って見せたがゆえに、どこに対しても通じる力を持ったのではないか。

固有の事情という竪穴を徹底的に掘り下げていけば、普遍という横穴にかならずいつか通じるという表現における黄金のルールを、どうやらこの曲は体現しているようです。

 

来週、andymoriは正真正銘のラストライブを行うとのこと。

素晴らしい作品を残してくれた稀代のバンドに改めて感謝するとともに、メンバーの今後の活躍を祈念してやみません。


andymori - 1984.mov - YouTube

*1:その経営母体ゆえ、栄光の巨人軍のパネルが至る所に掲示してあるのは、私的にはマイナスですが……