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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

SDの話

おはようございます、サトー@まくらことばどぇす。

まったく暑い日が続いておりますが、暑さが何よりも嫌いな私にとっては非常につらい季節の到来となりました。

あ、あと「今から暑い暑いって言ってて、8月になったらどうすんの?」みたいなことをいうオッサンはもっと嫌いです。

 

さて、突然ですが、20世紀のある段階までの映画ファンは、この世界でつくられたすべての映画を鑑賞することができたといいます。

映画というものが発明されてまだそんなに時間が経ってないうちは製作本数も限られていますから、手間的にも物理的にもそのようなことが可能だったんですね。

まぁ当たり前と言えばそうなのですが、「この世のすべての作品を鑑賞できる」というのは、現代を生きる私たちにとって到底不可能であることを考えると、なんだかすごいことのように思えてきます。

比較的きちんとしたプロダクションの多い映画ですらそうなんですから、作り手のハードルが低く自主制作の溢れかえる音楽についてはなおさら不可能で、自分が耳にする音楽など、この世の音楽の氷山の一角のまた一角くらいでしかないのでしょう。

 

いや、話はもっと小さいスケールでも同様で、自分の手持ちの音源をすべて聴くだけでも、相当な時間が必要になります、実質的には不可能な。

中にはろくすっぽ聴いてないまま棚の隅に眠っている盤も数多くあって、膨大なCDの中から縁あって自分の手許にやってきたというのに聴かれないとは、なんとも因果なものを感じます。

少なくとも自分が持っている音源については、すべて通しで聴いてみたい――私は、物理的に不可能であることはわかっていても、悲願のごとく胸に秘めた思いがあるんですよねぇ。

 

なんでこんな話をするのかというと、前述の映画ファンのごとく、ある時点までは私も、手持ちのCDすべてを通しで聴くことが可能だったからです。

それはたぶん、上京後、バイト代をつぎ込んでネズミ算式にCDが増えていく前、高校生時代までの話で、あのころはせいぜい数十枚しかCDを持っておらず、かつ永遠に続くかのような放課後の時間を持て余していたこともあって、実際定期的に「持ってるCDを通しで聴くイベント」を開催していました。

これはもともと兄がやっていたイベントなのですが、あのころは輸入盤もなくすべてが高価な国内正規盤だったこともあり、CD一枚一枚が本当に貴重なもので、それらを愛おしく思いながら聴き入る――その音楽がそのときの気分に合っていようが・いまいが――試みは、私の音楽体験の基礎を形成したのではないかと思います。

 

そんなイベントの途上、私は兄と、「アルバム勝ち抜き一本勝負」をよくやっていました。

音楽ファンにとって「一番好きなレコードは?」という質問は、最も答えたいけれど最も回答の難しい、究極の質問です。

それなら、あるアルバムを選び出し、同時にその対戦相手を選んで、「これとこれはどっちが好きか?」を繰り返していけば、あくまで手続き上導き出された答えではあるけれど、「一番好きなレコード」が出てくる。

たとえば「レッドツェッペリンⅠ」とディープパープル「イン・ロック」はどっちがいい? みたいな感じで始めて、前者が勝ったとすれば、じゃあレッドツェッペリンⅠ」vs ピンクフロイド「原子心母」は? みたいに。

こうして兄と私は剣道の団体戦よろしく、手持ちのCDを目の前にすべて並べて、勝ち抜き勝負を楽しんでいました。

ちなみに当時私たちの間で勝ち上がっていったのは、やはりビートルズのアルバム、「アビーロード」や「リボルバー」あたりだったと思います。

 

そうなんです、「自分の一番好きなレコード」なんてとても答えられないのですが、一本勝負を繰り返していって最終的に生き残る盤は、もしかしたらフェイバリット・ワンに限りなく近い一枚なのかもしれない――。

私は「究極の質問」に自分なりの答えを出すべく、思春期を終えたあとも、頭の中で一本勝負を長い間続けてきました。

 

そして、どうやらこのレコードだけはどんな対戦相手にも負けることがないんじゃないか、一番好きかと言われればよくわからないけど、少なくとも最強のレコードとは言えるんじゃないか、そんな一枚が見えてきたのです。

 

ずいぶん長い前置きになりました。

私にとってスティーリー・ダン「Aja」は、そういうアルバムです。