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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

【番外編】車の話

おはようございます、サトー@まくらことばです。

前回の記事にも書いたbonobosのライブ、いまだにいろんな意味で尾を引きずっているというか、あんなすごいもの観せられてどうしましょ的混乱からちょっと抜け出ることができていません。

なので、というわけでもないのですが、今日はバンドとも音楽とも全く無関係な話をさせていただこうかと。
あ、大半の方にとって興味のない話ですので、忙しい人はここまでにしておいたほうがいいですよ。

 

私の趣味というか好物って言ったほうがいいかしら、ロック音楽(含む楽器)、釣り、プロ野球カープ以外は興味ないけど)……と見事にまぁ男物件ばかりなのですが、その中でも最も“歴”が長く、かつ金額的にもつぎ込んでいるのは、何といっても車です。

私は小学校時代、絵にかいたような自動車少年でありまして、国道沿いに立ってひたすら車種を言い当てているような子どもでした。
本当に四六時中車のことばかり考えていて、盟友・クラタトシオくんとディーラーに突撃してはカタログをねだってみたり(気持ちよくくれるところと「ガキにはやらん」なところに二分されてた)、珍しい車が停めてあるという情報があればチャリでどこまででも見に行ったり、コロタン文庫(懐!)の自動車関係の巻を渉猟して車の基本メカニズムを勉強してみたり……。
当時の小学生の愛読書は言わずもがな、雑誌は『少年ジャンプ』であり、単行本は『ドラゴンボール』でしたが、私とクラタくんは『driver』誌を定期購読し、徳大寺有恒間違いだらけのクルマ選び』を穴があくほど読むという、自動車少年がまだそこそこいた当時にしても完全に変人枠に入るクルマキチガイでした。
たびたび家の車に乗り込み運転のシミュレーションを繰り返していた私は、18歳になったらすぐに免許を取り、その時はどんな車に乗ろうかととめどない妄想を繰り返していました。

 

そんな私が運転免許を取得したのは、なぜか26歳という、取得可能年齢から8年も経ってのことでした。
本当はすぐにでも取りたかったのですが、大半の人が免許を取るタイミングであろう高校卒業後にそのような状況になかったこと、20代前半を通じて車はおろか免許取得の資金も用意できない経済状態だったことに起因し、かつての自動車少年の夢はどこかに追いやられてしまったわけです。
ちなみにこの時、教習所代を捻出するために所有していた楽器一式を売り払ってしまい、今のバンドを始める際に一から買い直す羽目になったのでした。

 

免許を取ってしばらくは、週末にレンタカーを借りてドライブしていたのですが、次第に自動車少年だった頃の記憶が蘇ってきて、自分の車が欲しいと思うようになりました。
そして2004年1月、私は待望のマイカーを手に入れました。
私がカーライフの最初の相棒に選んだのは、1997年式のルノー・トゥインゴでした。

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このポリバケツのような青色が気に入って、というわけではないのですが、キャッシュで買える激安値段だったことと、なにより日本車ではありえないデザインが気に入ってこの車に決めました。
実は最初の車選びに際して、とにかく自分の車が欲しかった私は、その辺の中古車屋に売っている手ごろな国産車ヴィッツとかフィットでいいやと思っていました。
しかしあれこれ車選びを夢想している間(世の中で最も幸せな時間のひとつ)に、素晴らしき輸入車の世界、特にラテンと呼ばれるフランス、イタリアの小型車に魅了されていった私は、当時もっとも安価で手に入り、かつデザインがかわいいこの車に決めたのでした。
思えばこの時の選択がその後のカーライフにとっては決定的だったわけで、その後ラテン一筋となるきっかけがこの青いトゥインゴでした。

トゥインゴは、ルーツはルノー4に搭載されていたものと同系統の化石のようなOHVエンジンを搭載しており、スタートダッシュの遅さはどうしようもないものがありました。
しかしいったんスピードに乗ってしまえば、ロングホイルベースと出来の良いシートがもたらす極上の乗り心地は魔法の絨毯という形容がぴったりで、今でもよく、房総のカントリーロードいすみ鉄道を横目に駆け抜けた時の気持ちよさを思い出します。
しかし日本車ではありえないトラブルも発生して、第一京浜を走行中にギアが入らなくなったときは脂汗をかきました。

 

トゥインゴでルノーの“味”を知ってしまった私は、次の愛車にもルノーを選択しました。
2代目の愛車となったのは2004年式のルノー・メガーヌです。

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これまた青になったのは偶然なのですが、このパトリック・ルケモンの手になる傑作デザインにはオットマンブルーがよく似合っていると思います。
メガーヌは基本設計が90年代初頭に遡るトゥインゴに比べて飛躍的にまともな車で、現代の車ってのはこんなに素晴らしいのかとびっくりしたのがファーストインプレッション。
しかし距離を重ねるうちに、エンジン~トランスミッションのパワートレーンに関しては当時の水準から大きく後退したものであることに気づき、特に常用回転域でこもるような音を発生させるエンジンと、不可解な変速マナーが一向に改善されない(一応学習機能が付いているはずなんだけど……)アホな4速ATには不満を抱くようになりました。
しかし、ルノーならではの素晴らしい乗り心地、路面に吸い付くようなシャシー性能はメガーヌにもあって、グローバル化という名のメーカー再編による画一化の影響を直前で免れたラテン車の味わいが、確かにこの2代目メガーヌには残っていたのです。
何より素晴らしかったのは、今なおCセグメントにおける最高傑作と言っても過言ではないこのデザイン!
前衛ギリギリの造形的な美しさ、とくに鋭角と円形を巧みに組み合わせたリアビューは、空前絶後の出来と言っていいでしょう。

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今でも私は、2代目メガーヌを路上で見かけるたびに視線を奪われてしまいます。
量産車種の実用ハッチバックにここまでの思い切ったデザインを採用していたこの時期のルノーは、時代遅れのパワートレーンを度外視すれば、黄金期と言ってもいいでしょう。

 

9000キロ走行の中古で迎え入れたメガーヌは、数々の思い出とともに70000キロオーバーまで一緒に過ごしました。
しばらくはメガーヌを乗りつぶすつもりでいたのですが、度し難い自動車欲望を宿した私は、次のターゲットを見つけてしまったのです。
2008年の秋、3代目の愛車として我が家にやってきたのは、水色のフィアット500、通称チンクエチェント。
そう、まくらことばの「ハッチバック」に出てくる“海を目指す青い車”ですね。

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チンクはですねぇ、車選び的にはメガーヌに比べて守りに入った感があって。
だってこれ、いわゆる企画モノですからね、往年の名車のリバイバルというMINIの成功を羨んだフィアットの二番煎じ。
でもこの世代のコンパクトカーとしては存外出来がいい車で、たとえば東名高速の大井松田~御殿場間は車の素性がモロに出てしまうコースですが、ここをAセグメントとは思えない安定感で走り抜ける実力はあって、見た目の可愛さとは裏腹にしっかりした車でした。
現に私はこの車で何度も広島まで帰省しましたが、全く問題なく長距離ドライブをこなしてくれましたからね。
チンクに関してはね、もうキャラがすべて、あまり細かいことを言うような物件ではないのですが、とにかくコンパクトな車体は東京の街中を走るのに最適でした。
意外なのは狭いエンジンベイに1.4リッターの4気筒を詰め込んだ都合からハンドルの切れ角が浅く、最少回転半径が大きかったこと。
ま、全長が短いので取り回しそのものは楽なのですが、Uターンが一発で決められずに路上で焦ったことは何度もありました。


チンクに乗っていたの大半の時間はまくらことばを始める前、ちょうど釣りにはまっていた時期だったので、週末、チンクに乗って延々と房総半島を走り続けました。
車中泊をすることもしばしで、そんな時は狭い車中に辟易したものですが、まさに相棒と呼べるくらい多くの時間をチンクとともに過ごしたものです。
またチンクは初めて新車で買った車でもあったので、ともに時間と距離を重ねていく感じが余計にあったのかも。
今年の1月まで乗っていたのでまだまだ過去の車というイメージはないのですが、思い出ということではチンクが一番かもしれません。

 

そして現在の愛車がこれ、シトロエンDS3。
チンクでイタリアに行ったものの、またフランス車に帰ってきたわけですね。

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DS3が今までの車と比べて一番違うのはその性能。
なんせエンジンはBMW謹製の直噴ターボですからね、圧倒的に高性能なわけです。
なのですが私がその素晴らしい性能を楽しめるようになった(決してとばすわけじゃないよ)のはつい最近の話で、この車が教習所以来のMTであることこそ、自分にとっては最重要の課題でした。
トゥインゴとチンクはセミオートマだったので変速行為自体は慣れていたのですが、問題はクラッチワーク。
やっぱり2ペダルに慣れきっていた私に3ペダルの難易度は半端ではなく、買ったばかりの頃はエンストしまくり、ストレスで体調がおかしくなるほど苦戦しました。
ようやく最近になって自分のイメージ通りに車を動かせるようになったのですが、今でも上り坂停車中に後続車が車間を詰めてきたりすると、全身にじっとりと汗をかきます。
この車では一度京都に行ったくらいでまだそれほど遠乗りしていないので、これからいろいろなとこに出かけていこうと思っています。

 

ということでごめんなさい、バンドのブログで車の話をするという暴挙だったのですが、私にとって車は音楽体験と切っても切れない関係にありまして、車でいろんな音楽を聴くことはもちろん、走行中に感じたことや思い出に残った風景が曲になることもしばしで。
何より子どものころから車大好きな自分にとって、車とともに過ごす時間がないと人生が味気ないものになってしまいそうで、やっぱり何か頑張ろうと思うとき、傍らにはいつも車があってほしいんですよね。
あとADって意外と車好きなんですよ、私がいま車談義をする相手って、広島の兄貴とADだけだもん。
いつかMVにDS3を登場させてください!