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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

本日の「いいとも!」によせて

恭介

おはようございます、サトー@まくらことばです。

日に日に春めいてくるこの頃、今朝は文字通りそんな日々に水を差すような雨が降っていますが、花粉的にはちょと落ち着くかなと思いつつ、やっぱり鼻をかむ回数は減らないんですね、あーむずがゆい。

 

さて、番組終了に向け目が離せない様相を呈してきた「笑っていいとも!」ですが、ついに今日、テレフォンショッキングに小沢健二が出演するそうですね。

まさにタモリが会いたい人を呼ぶ、というゲスト型トーク番組の王道に(今さら)回帰した「いいとも!」、私はフジテレビ大嫌い人間ですが*1、今週末は十数年ぶりに「増刊号」見なきゃ、という気分で盛り上がっています。

オザケンタモリ――樋口毅宏さんの『タモリ論』以降注目された組み合わせですが、あの、文化怪人でありながら「いいとも」ではその片鱗を見せようともしなかったタモリが、日本の歌謡界で唯一認めていたオザケンを前に何を語るのか。

そういえば前回出演時は即興ライブになっておしゃべりはなかったんでしたね、今回は歌もいいけどトークも聞きたいなぁと思う次第です。

 

そういえばなんかの記事で見たんですが、今の若い子がカラオケで「おっさんくさいなぁ」と思う中年の選曲第一位は、なんとオザケンらしいんですよ。

オザケンをカラオケで歌う中年――それまんま私のことなんですが、そうなんです、もはや今の若い子はオザケンの音楽を知らないか、知ってても懐メロとして、それこそ私たちが小学生のころ「ブルーシャトー」をそう思っていたような感触で、オザケンは存在していると。

うーん、昔の話ってのは事実だから別にいいんだけどさ、単純にもったいないって思うわけですよ。

だってホントにオザケンが懐メロなら好きな人だけどうぞってなるんだけど、彼の音楽は今もってやっぱりぶっちぎりだからね、世代的な贔屓目を抜きにしても。

だってさ、「蹴っ飛ばすためのブーツ履いて話そう」とか「やがて鐘が鳴り/痛みのある韻詩を運んでくる/僕はよろこんで/僕らのユースの終わりを知るだろう」とかさ、そういった言葉の歌が後にも先にもあったかい?

 

あ、そうだよ、若い人にはまず、オザケンじゃなくてフリッパーズから聴くことをおすすめしますわ。

 

えー、ロックの歴史なんてたかだか50年程度、ボブ・ディランのようなオリジネイターが今も現役であることからして、まだまだ歴史の浅い文化なわけですが、その昔「Don't trust over 30」なんてメッセージがもてはやされたように、ロックは基本的に思春期~青年期のための表現というところから出発しました。

でも最近はそれだけじゃなくて、いろんなライフステージにおいて響くロック音楽が生み出されていて、「大人のロック」とかオヤジバンドとか、そういった商売文脈とは異なる、本当にリアルな大人向けロックがあるのは事実ですが、やっぱり「20代のミュージシャンが10代に向けて歌う」という部分は普遍的に需要があるわけで、尾崎豊のリスナーが今もなお供給され続けていることからしても、それはロックの使命ともいうべきところなんじゃないかと。

 

それでね、やっぱり高校生とかませた中学生にとってね、フリッパーズの音楽って普遍的な価値があるとしか思えないんですよ。

なんていうか、やっぱり刃物みたいな音楽がこの世代には必要なんだけど、ものすごい切れ味鋭いナイフをですね、あのおっさんカラオケ定番のオザケンが作っていた、この事実を知ってほしいんだよなぁ、完全な老婆心だけど。

いま私が「こんな子にフリッパーズ聴いてほしい!」と思うのって、そうだな、男の子だったら、クラスのみんなを軽蔑してて、体育会系やリア充が大嫌いで、親も嫌いで、勉強なんてくだらないと思いつつ放棄する勇気はなくて、女の子とはほとんど話したことがなくて、でも女の子の笑顔ひとつで人生を左右されるくらい気にはなってて、学校では絶対うんこできなくて、文化祭は死んでも出たくなくて、いっつもここではないどこかを妄想してる、そんな子に聴いてほしいんだよなぁ。

 

うん、要するに上記は高校時代の私そのものなんですが、そう、あの頃フリッパーズに出会えていたらな、そんなことを何度も思ったことがあるんです。

や、当時はThe SmithsとかRadioheadにハマっていたからそれはそれで幸せだったんだけど、やっぱり日本の音楽でそういう思春期の気持ちを代弁してくれるものに出会えたら、そんなに幸せなことってないと思うのね。

私が「午前3時のオプ」を初めて聴いたのは高校を卒業した18歳の頃でものすごく感動しましたが、やっぱりあの歌は、「耳をいつも澄まして」いる17歳で聴くことに特別な意味があると思うから。

本当に私も17歳のころ、「世界は僕のものだ!」くらいに思ってて、それでも自分の思い通りになることなんて何一つなかったから「花束をかきむしる」気持ちってすごくわかるというか、なんで小沢健二はこんなにリアルに僕の気持ち知っているんだろうって。

 

優れた表現者ってのは、作品を通じて「こんなのおれにしかわかりっこない!」という感情を、世界の多くの人間に抱かせる人のことだと思うんです。

マスに訴えかけるんじゃなくて、すごくパーソナルに感化された人がたくさん存在する、そんな表現ができる才能をもった人。

今日の「いいとも」が、昔からのファンを喜ばせるだけでなく、若い人が新しくオザケンを知るきっかけに(それこそひとりでもいい)なればいいなぁ、そんな風に思います。

*1:その理由。①軽薄は大好きだが、フジは業界ノリが過ぎる。たいしたことやってないのにメンバーズオンリー的な雰囲気を出してやがる。②バラエティのズレたセンス。一生80年代やってろ!③昔から大嫌いなさんまととんねるずを重用していること。