布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

すべての「Woman」へ

予報では今週、気持ちのいい秋晴れが続くとなっていたのに、急に垂れこめてきた雨雲に恨みごとをいいつつ、冷えた空気に今朝は今季初めてお気に入りのジャケットを着て出掛けたためか、少し気分のいい朝を迎えています。
おはようございます、サトー@まくらことばです。

さて、のっけから「知らんわ」って話なんですが、私は兄と2人兄弟でありまして、家族内で女性は母親だけという環境で育ちました。
また、私はファミコン第一世代ではありますが、当時はまだまだ外遊びの習慣も根強く、プラバット野球や缶蹴り、あるいはいかにもなクソガキの遊び(パチンコでコウモリを撃つとか、ロケット花火を服部くんに撃ち込むとか)にも興じておりました。
また小学校低学年から今に至るまでクルマ大好き人間でありまして、ガキのころは国道沿いに立ってひたすら車種を言い当てているような子供でした。
愛読書は「こち亀」で、人生の粋は「あぶない刑事」で学び、思春期に至ってはロックに陶酔、大人になってもプロ野球と釣りを愛し……すなわち、男子文化一色の中で形成された人間がサトーなのであります。
ということで、いかにも腕っぷしの弱そうな見た目(実際けんかは最弱だと思う)とは裏腹に、ワタクシ、じつに「魁!男塾」なパーソナリティーの持ち主なんですね、はい。

ということは半面、女子的文化に対する致命的な無理解の持ち主ということでありまして、記念日やイベントへの徹底的な無関心、会話における「共感」という作法の欠落などが、家庭生活や社会生活の場面において重大な問題を発生させるということもしばしで。
これ長年の持論なんですけどね、やっぱりお姉ちゃんとか妹がいる男の人って女の人との接し方がホントに上手い。
もう会話が自然だし、相手の気持ちの先読みがすごいんですよ。
一人っ子で育った人もコミュニケーションに長けた人が多くて、男女関係なく自然に接することのできる人が多いと思います。
最悪なのは男兄弟で育った私のような人間で、一方的な押しつけとかやたらしてくるくせに大事な局面でシドロモドロになったりと、コミュニケーションの下手な人が多いこと。
まぁ私、男子文化にどっぷり浸かって生きてきてそれなりに楽しんでおりますので「これはこれでいいのかな」とか思いますが、反省することも多いですねぇ。

なんですが自分の人生を振り返ってみると、重要な局面にはかならず女性の影響があることに気づくんですよね。

例えば私、本格的に読書を始めたのって二十歳過ぎだったって以前書きましたが、そのきっかけは、当時荻窪でよく行っていたバーの止まり木で隣り合わせたお姉さんが、話してみるとすごく読書好きな方で、「大江健三郎が好きなの」と言っていたことだったりします。
その人とはその時会っただけなのでもうどんな人だったか思い出せませんが、地味だけどすごく知的で、じわじわ伝わってくるような美しさをお持ちの方だったように思います。
「ああ、こんなに素敵な人がいいって言うんだから読んでみるか」と思い、古本屋で買った「われらの時代」を読むことで、その後の私の読書人生は一気に本格化していったのでした。
もし同じ会話を男の人と交わしていたとしても、「ふーん、そうなんだ」で終わっていたように思います。

まくらことばの結成に際して、そのきっかけをもたらし、新しいストーリーの始まりの瞬間に立ち会ってくれたのも、2人の女性でした。
当事者として、お2人がいなかったらこのバンドは生まれていないと断言できるし、今こうして進んでいけるのも、彼女たちの励ましと的確な助言に負うところが大きいです、ホントに。

そして今、バンドに新しい風を吹かせ、まくらことばを本当の意味でのバンドに進化させているのは、女性ギタリストの存在です。
この前の練習後、吹雪様がこの辺のところを恐ろしいほど切れ味鋭く評しておりましたので、この言葉をもって細かい話は省略させていただきます。
「最初はサトーさんがカッコつけるのをまぁ手伝ってやるか、って感じだったんですけど、確かに最近はバンドの目指すところ自体が変わってきましたよね」

で、ですね。
実はその昔、ゆさくんと組んでいたバンドの曲を評価してくださり、若き日のサトー青年を励ましてくれた女性がおりまして。
彼女は当時僕たちがやっていたバンドの曲を熱心に聴いてくれていたらしく、解散後、私に「佐藤くんの曲に出会えてよかった」と書かれたお手紙をくださいました。
私がこの手紙から受け取った励ましがどれくらい大きいものだったか――15年の時間を経てもう一度曲を作ってみようとした私の中に少しだけ残っていた、種火のような“ソングライターとしての自信”は、確実に彼女の手紙によって灯され、消えずに残っていたものだと思っています。
この「第3の株主」ともいえるお方、いま現在、物理的にも文化的にも非常に近所、いわゆる「界隈」にいらっしゃるということをADより以前から聞いておりまして。
まくらことばの存在をお知らせすべきかどうか、今度のライブにお誘いすべきかどうか、実はADと私の間で何回も話し合いがもたれているのです。
……こういうのって、自然と伝わるものだろうしそれが理想のような気もするけど、カッコつけてないでストレートに言うべきなのかしら……うーん、ホントに迷ってるんです。

そして何よりも、ずっと私の一番近くにいて私を見守り、支え続けてくれているかみさんの存在があります。
私は本当に、ハッチバックの歌詞じゃないけど「ながい春の終わりに気づかないまま あらゆる扉を開けては閉めて」してきた人間ですが、私が迷走しているときも、今みたいに盛り上がっているときも、彼女は「ああしろ、こうしろ」とは言わず、その時々の私を認め続けてくれたように思います。
私のようなわがままで、自信家かつ不安屋の、記念日もイベントもすべてすっとばすような男と暮らすのは大変だと思いますが(自分が女性だったら絶対イヤだと思う)、彼女に「まぁ、こいつといてよかったかも」と思ってもらえるようなことがこのバンドでできればいいなと思います。

ジョン・レノンの最後のアルバム「ダブル・ファンタジー」に収められた、あのあまりにも有名な「Woman」という曲は、ヨーコだけでなく、同じ時代を生き抜いてきたすべての女性に捧げられた曲だといいます。

女性よ/どうやって表現しよう/僕の分別のなさに宿る複雑な感情を
結局のところ/君には永遠の借りがあるってことなんだ
女性よ/なんとか言ってみようと思うんだ/僕の内にある気持ちと感謝を
ほんとうの成功の意味を僕に教えてくれた

結局のところ、私たち馬鹿な男は、女の人を通じてしか成長することはできないんです。
女の人の深いやさしさと繊細さを垣間見るたびに、ホント、ジョンの言うとおり永遠に借りがあるんだなおれたちは、って思います。

11/27のライブは、90年代とゼロ年代をそれぞれの場所でともに生き抜いてきた、僕たちにやさしさと励ましを与えてくれたすべての女性に捧げたいと思います。
(あ、もちろん男性諸氏も来てね)