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布団あります まくらことば活動日記

歌ものロック/ポップスバンド、まくらことばのブログです。

ジャックスと私

雨の金曜日になってしまいましたが、南の風が吹き込んできた後は秋の涼しい空気が東京の街を覆うようになるとのこと。
そうなればもう半袖をタンスの奥にしまって、新しい長袖シャツの一つでも買おうかなんて思っておりますサトーです、おはようございます。

さて、私が思春期を過ごした1990年代前半はいわゆるビーイング全盛時代で、高校のクラスメイトたちはみな、B’zとかZARDとか、ほかにも何だっけな、BAADとかZYYGなんかもいた気がしますが、その辺の「LAメタル+歌謡曲」みたいな音楽を聴いていました。
当然洋楽少年だった私は、そういったみんなの音楽趣味を「くそだせえ!」と斬って捨てたうえにクラスメイトを見下しておりまして。
自分の殻に閉じこもってザ・スミスなんかを聴き、さらに強固に自意識の壁を堅牢にしていました。
今思うとまぁ恥ずかしくもあり微笑ましくもあるのですが、俯瞰的に見ても、90年代前半の邦楽メジャーシーンは、音楽ファンにとってはなかなかツラい時代だったように思います。
そう、当時すでに渋谷系なるものも花開いていたのですが、インターネットもない時代、雑誌と交友関係のみで新しい音楽カルチャーを知るしか術がなかった田舎少年にとっては見知らぬ国の話でありまして。
さらに私は洋楽専門誌『ロッキング・オン』愛読者だったので、少ない小遣いで買うべきCDは新旧の洋楽盤に充てられており、ちょっと名前を耳にしたことのあるフリッパーズなんかに予算がつくことはなかったのでした。

その後90年代中盤になって、ミスチルスピッツのブレイクで邦楽メジャーシーンは様変わりしたと思いますが、とにかく私にはあの高校時代の邦楽メジャーシーンのイメージが抜けきれず、「邦楽=ダサい」という構図が抜きがたく刷りこまれてしまいました。
また当時は、レディオヘッドが出てきたり、スウェード、オアシス、ブラーなどUKシーンが非常に面白かったこともあって、洋楽だけで十分楽しいと思える時代でした。
ますます私は、「邦楽なんて聴く価値なし」と決めつけるようになっていました。

そんな私の意固地さを一発で粉砕してしまったのが、予備校時代に買ったジャックスのファーストアルバム、「ジャックスの世界」です。
ジャックスを知ったのは、『ロッキング・オン』の松村雄策さんのコラムで、あの60年代ブリティッシュ一辺倒の松村氏が、「日本で一番すごい歌手」として早川義夫さんのことを書いていました。
その時早川さんは「この世で一番キレイなもの」で25年ぶりの復活を果たしたのだと思いますが、とにかくジャックスというのはすごいバンドなんだと松村さんは言っています。
あれはたしか、その頃兄が住んでいた高松に遊びにいったときだったと思いますが、ニューウェーブがやたらと充実したCD屋の店頭で東芝の音蔵シリーズで復刻された「ジャックスの世界」を見つけ、「あ、これがあの」とジョイ・ディヴィジョンの「クローサー」と一緒に購入したように記憶しています。

「ジャックスの世界」の1曲目は「マリアンヌ」。
ジャックスの曲の中でもかなりアヴァンギャルドな作品ですが、とにかくかけた瞬間、「これは違う!」と思わせるものがありました。
そして「われた鏡の中から」「裏切りの季節」「ラブ・ジェネレーション」という大名曲を続けざまに喰らって、私は完全にやられてしまいました。
日本語のロックでこんなに凄い音楽が、しかも60年代にすでにあったなんて……。
私はそれまでの固定観念を恥じるとともに、母国語で歌われるロックがこんなにも素晴らしいものかと感動し、かなりおぼろげながら「自分でも音楽をやってみたい」と思った、かもしれません。

邦楽はウソくさいものと思い込んでいた私にとって、ジャックスのリアルな音と言葉は衝撃でしたが、それ以上に私がやられたのが早川義夫のソングライティングです。
早川さんの選ぶコードはマイナーが多く低い声がさらに暗さを倍増させるのですが、いわゆる四畳半フォークにあるようなしみったれた感じが一切なく、あふれ出る情念とクールさが同居しているように感じられました。
またメロディメーカーとしての才も際立ったものがあり、シンプルでありながら一筋縄ではいかないメロディラインが印象に残りました。
後に早川さんの著書を読むようになって、早川さんがハマクラ先生を敬愛していることを知り、「ああ、そういうことか」と非常に納得したのですが、「難しいことをやらないけど深い」ということにかけて、浜口庫之助早川義夫、それに甲本ヒロト倉持陽一といった人たちは、突出した才能の持ち主だと思います。

ジャックスに夢中になった私は、当然続けざまにセカンドにしてラストアルバム「ジャックスの奇蹟」を入手したのですが、このアルバムがまた、音楽史上まれにみる分裂症を患った問題作で。
だってクレジット見たら角田ひろとかあって「これってあの☆か!?」ってまずびっくりするし、水橋春夫は脱退したというのにギター弾いてる曲もあるし、何より早川さんが参加していない曲もあるしで、もうわけわからんのですよ。
そんで一曲目が「ジョーのロック」ですからね、どんなに歌詞カードを深読みしても、これはただの競馬ソングにすぎない!
でもいっぽうで「花が咲いて」みたいな早川節の極みという曲もあって、正直どう捉えていいのかわからない作品でした。
この作品がこうなった経緯(レコーディング中に解散してしまった)は後で調べて知ることになるのですが、今思うとこれは才人・木田高介のアルバムだったのかな、と。
どの曲も木田パートが要になっているということでは、実は統一性のある作品なのかもしれないと思うようになりました。
そう、ジャックスには早川義夫だけでなく木田高介という天才もいたんですね。

とにかく私にとってジャックスは、邦楽に対する偏見を完全に払拭するばかりか、「母国語で表現されててそれが良い作品だったら、それに越したことはない」とまで思うようにさせてくれたバンドです。
ジャックスとの出会いの後、私は急速に邦楽への関心を広げ、あの90年代の豊饒の季節をリアルタイムで享受するのになんとか間に合うことができました。
この幸運は私の人生において、何ものにもかえがたい財産となっています。
何より自分でも音楽をやるようになったのも、ジャックスを聴いたことが決定的だったように思います。

そして昨日、早川義夫さんがしばしば出演しているというライブスペースが、私の勤め先の目と鼻の先にあるということを偶然知りました。
まったく自分の無知にあきれるばかりですが、なんとそのハコは出演者を募集しているではありませんか!
早川さんと同じ場所で演奏できるかもしれない……、いや、できるように頑張ろう!
そのためにもまずは初ライブ、成功させなきゃね。